与えられた線分を二分し、全体と一つの部分とに囲まれた矩形を、残りの部分の上の正方形に等しくすること。
第2巻はここまでずっと、定理が続いていた。今回は第2巻で初めての作図である。ここからはある意味、第2巻の“応用編”と呼べるかもしれない。これまでに第2巻で出てきた命題を利用するからだ。
応用編の最初は、いわゆる「黄金分割」と呼ばれるものだ。『原論』ではこの分割がたびたび出てくるが、これについてはあとで述べることにしよう。
さて、例のように線分ΑΒがあるとする。このとき、ΑΒを点Ωで二分し、ΑΒとΒΩに囲まれた矩形が、ΑΩ上の正方形に等しくなるようにせよ、と問われている。
では早速やっていこう。まず、ΑΒ上に正方形ΑΒΔΓを描く*1。そしてΑΓを点Εで二等分し*2、ΒΕを結ぶ*3。
(ΑΕ=ΕΓ)
次に、ΕΑを延長し*4、ΕΒに等しい線分ΕΖを切り取る*5。
(ΕΖ=ΕΒ)
最後に、ΑΖ上に正方形ΑΖΗΘを描き*6、ΗΘを延長してΓΔとの交点をΚとしよう*7。
このとき、点Θが求める点である。すなわち、ΑΒ、ΒΘに囲まれた矩形は、ΑΘ上の正方形に等しくなっている。
では、証明しよう。
まず左の線分ΑΓに注目すると、これは点Εで二等分され、しかも線分ΑΖが一直線を成して加えられている。これは、第2巻命題6の状況である。従って、ΓΖ、ΖΑに囲まれた矩形とΑΕ上の正方形との和は、ΕΖ上の正方形に等しい*8。そしてΖΑはΖΗに等しいので、矩形ΓΖ、ΖΑは矩形ΖΚである。
ここで、ΕΖはΕΒに等しいのだった。それゆえ、ΕΖ上の正方形はΕΒ上の正方形に等しい。
ところが、三角形ΑΒΕに注目すると、角ΒΑΕは直角なので、ΒΑ、ΑΕ上の正方形の和はΕΒ上の正方形に等しい*9。
双方からΑΕ上の正方形を引けば、残りの矩形ΖΚとΑΒ上の正方形(すなわち正方形ΑΔ)は等しい*10。
双方から矩形ΑΚを引けば、残りの矩形ΖΘは矩形ΘΔに等しい*11。
そして線分ΑΒは線分ΒΔに等しいから、矩形ΘΔは二線分ΑΒ、ΒΘに囲まれた矩形である。しかも矩形ΖΘはΘΑ上の正方形である。したがって、ΑΒ、ΒΘに囲まれた矩形は、ΘΑ上の正方形に等しい。
よって、与えられた線分ΑΒは点Θにおいて分けられ、ΑΒ、ΒΘに囲まれた矩形をΘΑ上の正方形に等しくする。これが作図すべきものであった。
今回初めて、第2巻の命題を第2巻の証明の中で利用した。意義のよくわからない命題ばかりだったが、このように利用することが可能なのだ。
今回利用したのは、第2巻命題6である。第2巻の命題1~10はいずれも命題の文章が長く、意味も意義も分かりにくいのだが、このように実際の利用場面を見ていけば、なんとなく意味が分かってくるかと思う。
「あれがここで、こんな風に活きるのか!」という感動を味わっていただければと思う。
冒頭で述べた通り、今回の命題は俗に「黄金分割」と呼ばれるものだ。
線分ΑΒを、
ΑΒ:ΑΩ=ΑΩ:ΩΒ (ただし、ΑΩ>ΩΒ)
の比に分けるような分割を黄金分割と呼ぶ。そしてこの比は、現代では黄金比と呼ばれている。
ちなみに、ユークリッドの時代には黄金比という呼び名はなかった。この比は「外中比(ο ακρος και μεσος λογος)」と呼ばれていたらしい。黄金比という名称は、後世になって誕生したものである(Wikipediaによると1830年頃から使われだしたらしい)。当然、黄金分割という呼び方もない。
『原論』では、第6巻で外中比の定義が登場する。以下の通りだ。
線分は、不等な部分に分けられ、全体が大きい部分に対するように、大きい部分が小さい部分に対するとき、外中比に分けられたと言われる。
日本語で書かれるとわかりにくいが、数式で書くと先ほどの式になる。
ところで今回は、比に分けたのではない。正方形と矩形の面積が等しくなるように分けたに過ぎない。しかしこの分割は、確かに黄金分割である。
現代人向けに、数式を使って説明しよう。先ほどの式
ΑΒ:ΑΩ=ΑΩ:ΩΒ
を変形すると、
ΑΩ=ΑΒ・ΩΒ
になるが、左辺はΑΩ上の正方形の面積を、右辺はΑΒ、ΩΒに囲まれる矩形の面積と見なせる。従って、確かにこれは黄金分割であった。
ユークリッドも、今回の作図が外中比への分割になっていることは、気付いていただろう。とういのも、第6巻命題30に「与えられた線分を外中比へ分けること」という命題があり、そこで実質的に今回と同じ作図をしているからだ。
第2巻と第6巻で同じ命題を二度も扱っているのは、第4巻で今回の命題を利用したかったからだろうと考えられている。第4巻で正五角形を作図するのだが、その中で今回の命題が補助的に利用されるのだ。
ユークリッドも、本来なら今回の命題を比を使って示したかったのかもしれない。が、『原論』ではまだ比を扱っていないため、そのような証明は禁じ手だ。そこで、第2巻の命題を利用して証明したと考えられる。わざわざ第6巻でも同じものをもう一回扱ったのは、この分割の比に言及したかったからだろう。
外中比は『原論』の中でしばしば登場する。例えば第13巻の最初のいくつかの命題は、外中比の性質を示すのに充てられている。外中比は第2巻から第13巻まで、幅広い場所に登場するのだ。
ユークリッドが何度も外中比に言及した理由は、よく知らない。まさか「黄金比は美しいから」なんて理由ではないと思うが。
第13巻は、空間図形(特に正多面体)を扱う巻だ。そして外中比は、正十二面体などの性質を明らかにするのに必要な概念である。そのため、外中比の性質をいくつも証明しておく必要があったのかもしれない。
なお、私はブログ記事の中で、さも『原論』について何でも知っているかのように書いているが、実際にはほとんど何も知らない。なので、第13巻で外中比がどのように登場するのかも、全く知らない。したがって、上記の説明は間違っている可能性がある。
いつか第13巻を読む日が来れば、外中比の意義が分かるかもしれない。が、それはおそらく、だいぶ先になる。
*1:命題1-46「与えられた線分上に正方形を描くこと」
*2:命題1-10「与えられた線分を二等分すること」
*5:命題1-3「二つの不等な線分が与えられたとき、大きいものから小さいものに等しい線分を切り取ること」
*6:命題1-46「与えられた線分上に正方形を描くこと」
*8:命題2-6「もし線分が二等分され、任意の線分がそれと一直線を成して加えられるならば、加えられた線分を含んだ全体と加えられた線分とに囲まれた矩形ともとの線分の半分の上の正方形との和は、もとの線分の半分と加えられた線分とを合わせた線分上の正方形に等しい」
*9:命題1-47「直角三角形において、直角の対辺の上の正方形は直角を挟む二辺の上の正方形の和に等しい」
*10:公理3「等しいものから等しいものが引かれれば、残りは等しい」
*11:公理3「等しいものから等しいものが引かれれば、残りは等しい」