ΣΤΟΙΧΕΙΑ -ストイケイア-

ユークリッドの『原論』を少しずつ読んでいくブログです。タイトルは『原論』の原題「ΣΤΟΙΧΕΙΑ」より。

第3巻命題33 与えられた弦と円周角を持つ切片の作図

与えられた線分上に与えられた直線角に等しい角を含む円の切片を描くこと

 

何やら変わった命題である。まず文意が取りにくい。この命題は、次のようなことを言っている。

まず、線分と直線角が与えられる。

そして、この線分を弦とし、この直線角を円周角に持つような円の切片を描く、と言っている。

「そんなことできるんだ!」という驚きがある。弦と円周角が与えられれば、それを含む円を再現できるのだ。ちょっと不思議である。

見方を変えれば、「等しい弦に対する円周角が等しい円は、互いに合同である」という話にもなる。そう言われるとそんなような気もしてくる。円周角の定理の逆を、二つの円に拡張したような定理だ。

さらに見方を変えると、「三角形の底辺と頂点の角が与えられれば、その三角形の外接円が描ける」とも取れる。三角形自体は描けないが(一意に定まらないので)、その外接円だけは描けるのだ。

ちなみに、今回は弦と円周角が与えられているが、次の命題III.34では円と円周角が与えられ、円から切片を切り出す。

 

では、作図と証明を行おう。

与えられた直線をΑΒ、与えられた直線角をΓとする。線分ΑΒ上に、角Γを含む円の切片を作図しよう。

角Γが、鋭角、直角、鈍角の3つの場合に分けて考える。

まず、鋭角としよう。ここから少し妙な作図を行うが、頑張ってついてきて欲しい。

線分ΑΒ上に、角Γに等しい角ΒΑΔを作る*1

(角ΔΑΒ=角Γ)

次に、線分ΔΑの垂線を、点Αから引く*2

そして、線分ΑΒの中点Ζを取り*3、点Ζから線分ΑΒの垂線を引き*4、それとΑΕとの交点をΗとする。

最後にΗΒを結んで*5、二つの三角形ΑΖΗΒΖΗを作る。

さてここで、点Ζは線分ΑΒの中点なので、辺ΑΖは辺ΖΒに等しい。また、辺ΖΗは共通である。さらに、線分ΖΗは線分ΑΒの垂線なので、角ΑΖΗは角ΒΖΗに等しい*6

よって、二つの三角形ΑΖΗΒΖΗは合同なので、底辺ΑΗも底辺ΒΗに等しい*7

したがって、点Ηを中心、線分ΗΑを半径とする円を描くと*8、それは点Bも通るはずである。この円を、ΑΒΕと名付け、ΒΕを結ぶ*9

ここで、線分ΑΕは直径である。そして線分ΑΔは直径に垂直なので、円ΑΒΕの接線である*10。よって、接弦定理より、角ΔΑΒは角ΑΕΒに等しい*11

しかも、角ΔΑΒは与えられた角Γに等しいのであった。したがって、角Γは角ΑΕΒに等しい*12

よって、与えられた線分ΑΒ上に与えられた角Γに等しい角ΑΕΒを含む円の切片ΑΕΒが描かれた。

 

これで鋭角の場合が作図できた。次は直角の場合である。これはさっきよりは簡単である。

角Γを直角、ΑΒを与えられた線分とする。先ほどと同様に、角Γに等しい角ΒΑΔを作る*13

(角ΒΑΔ=角Γ)

そして線分ΑΒを点Ζにおいて二等分し*14、中心Ζ、半径ΖΑ(またはΖΒ)である円ΑΕΒを描く*15

こうすると、切片ΑΕΒは作図したかった切片である。それを証明しよう。

角ΒΑΔは直角なので、直線ΑΔは円ΑΒΕに接する*16(※)。また、切片ΑΕΒは半円であり、半円内の角は直角であるから*17、直角ΒΑΔに等しい*18。そして角ΒΑΔは角Γに等しかったので、切片ΑΕΒ内の角もまた角Γに等しい*19

よって、与えられた線分ΑΒ上に与えられた角Γに等しい角を含む円の切片ΑΕΒが描かれた。

 

最後に、与えられた角が鈍角の場合である。これは最初の鋭角の場合とほとんど同じである。

今回もまず、与えられた角Γに等しい角を、線分ΑΒ上に描く*20

(角ΒΑΔ=角Γ)

線分ΑΔに垂直に線分ΑΕを引き*21、線分ΑΒを点Ζで二等分する*22。点Ζを通りΑΒに垂直な線分を描き*23、それとΑΕの交点をΗとする。

そして二点Β、Ηを結び*24、二つの三角形ΑΖΗΒΖΗを作ろう。

さて、二つの三角形ΑΖΗΒΖΗにおいて、辺ΑΖは辺ΒΖに等しく、辺ΖΗは共通で、角ΑΖΗは角ΒΖΗに等しい。よって、この二つの三角形は合同なので、辺ΑΗは辺ΒΗに等しい*25。ゆえに、鋭角のときと同様に、中心Η、半径ΗΑの円を描けば、それは点Βも通る。その円をΑΒΕとしよう。

このとき、線分ΑΔは直径ΑΕに垂直なので、円ΑΒΕの接線である*26。ゆえに接弦定理より、角ΒΑΔ切片ΑΘΒ内の角に等しい*27

ところで角ΒΑΔは角Γに等しいのであった。したがって切片ΒΘΑ内の角は角Γに等しい*28

よって、与えられた線分ΑΒ上に角Γに等しい角を含む円の切片ΑΘΒが描かれた。これが作図すべきものであった。

 


 

久々に長い証明であった。ただこれは三つの場合分けをしているからであり、ひとつひとつの証明はそれほど長くない。

なお参考文献[3]のP329, 330によると、この命題は元々ひとつの場合についてのみ論じていたと考えられるようである。というのは、

・原文で「第一図(τῆς πρώτης καταγραφῆς)」と挿絵を指す語が使われているが、これは『原論』内では非常に稀であるため、この語は後世の追加と考えられる

・写本によって、証明する順序が異なったり、ひとつの場合しか証明していなかったりする

などの証拠による。たしかに、鈍角と鋭角の場合はほぼ同じ方法で証明しているし、直角についてはほとんど自明なので、ユークリッドならひとつの場合の証明で終わらせても不思議はない。

 

それともうひとつ、個人的に気になったのだが、直角の場合の証明に妙な一文がある。証明中で(※)で示した箇所である。こう書いてあった。

・角ΒΑΔは直角なので、直線ΑΔは円ΑΒΕに接する

円を描いたあとにこの記述がある。だが、この一文は不要である。

鋭角と鈍角の場合は、この一文が必要だ。直線ΑΔが接線であることを示さないと、接弦定理を利用できないからである。が、直角の場合は接弦定理を利用しないので、この記述は不要である。

おそらく、後世の人が直角の場合の証明を追加しようとして、しかしユークリッドの証明を十分に理解していなかったがために、他の場合分けに登場する一文をそのまま引用してしまったのではないだろうか。

念のため参考文献[4]のギリシャ語原文を確認したところ、そちらにも同じ一文があった。参考文献[4]は主に9世紀から12世紀に書かれた複数の写本を元に編まれているので、これらの写本を作った誰かがこのミスをしたということだ。

だとしたら、その人物はなかなか可哀想である。こうして千年も未来の人間に、理解の不十分を指摘されてしまうことになるのだから。

 

それと同時に、こういうことが起こるのが『原論』の面白い点でもある。

『原論』を書いたのはユークリッドであるが、現代ではその原典は失われ、後世の人々の手が入った写本しか残っていない。もはや原典を忠実に再現することは不可能だ。

我々はその修復不可能な、多くの人々に編纂されたあとの本を『原論』と呼んでいるのである。そこにはユークリッドの想いだけでなく、彼ら写本家たちによる思想も入り込んでいる。『原論』は2300年分の人々の想いが詰まった本なのだ。

 


 

今回の命題は有名なものなのだろうか? 冒頭にも書いた通り、少なくとも私は知らなかった。

「弦 円周角 作図」などのキーワードで検索してみたが、接弦定理や円周角の定理などがヒットするだけで、今回の命題と同じものは見当たらなかった。

 

代わりに、関連しそうなちょっと面白い話題を見つけた。鹿児島市立吉田南中学校の数学科教員の方が提案した教育指導案である。

円(船の位置を見つけよう)」(鹿児島県総合教育センター 学習指導案のページ内)

中学3年生を対象に、円周角や中心角を利用した作図方法を学習させる指導案である。

ある船が遭難し現在位置を見失ったが、「二点A,Bを見たときの角度が30度、二点B,Cを見たときの角度が45度である」という情報が得られた*29。さて、この船の現在位置を作図するにはどうしたらよいだろうか?

指導案ではまず、これらを円周角と見なす。するとその中心角が60度と90度になることから、ABを一辺とする正三角形と、BCを一辺とする直角二等辺三角形を描く。そしてその一辺を半径とする円の交点が船の位置だとしている*30

しかし、これは与えられた角度がたまたま30度と45度だったから……つまり、二倍した60度と90度がたまたま作図可能な角度だったからできたことである。一般の角でもこの方法で作図できるとは限らない。

だが、今回の命題III.33を使えば、一般の角でも作図可能である。見えた角度が何度であろうとも、遭難船を発見することができるのだ!*31

鹿児島市立吉田南中学校の教員の方には、ぜひこの命題を使った作図を指導していただきたい*32*33

 


 

参考文献[4]によると、この命題のギリシャ語原文は以下の通りである。

᾿Επὶ τῆς δοθείσης εὐθείας γράψαι τμῆμα κύκλου δεχόμενον γωνίαν ἴσην τῇ δοθείσῃ γωνίᾳ εὐθυγράμμῳ.

今回もいつも通り、意味のまとまりごとに訳すと……と言いたいのだが、今回はほとんど区切れるところがない。それでも一応区切って訳すと以下の通り。

一行目の青線部分は前置詞句で、「与えられた直線の上に」である。「与えられた」と訳したのは、δίδωμι「与える」のアオリスト分詞/属格/直説法/受動態である。
その次の赤線部はγράφω「描く」のアオリスト不定詞/直説法/能動態で、「描くこと」の意味になる。
ここまでで、与えられた直線上の作図だと述べている。

で、何を作図するかといえば、次のようなものである。

日本語の語順に直せば、「与えられた直線角に 等しい角を 受け入れるような円の切片を」となる。日本語でもわかりやすいとは言い難い文章だ。

ポイントは、緑線最後の現在分詞δεχόμενονと、青線最後の形容詞ἴσηνだろうか。

δεχόμενονは、動詞δέχομαι「受け入れる」の現在分詞/中受動態である。古典ギリシャ語では分詞に非常に多くの役割があるのだが、ここでは順当に、τμῆμα「切片を」を修飾しているだけであろう。ただし、これ以降の語句で「何を受け入れるか」を説明している。いわば、δεχόμενον以降が全部修飾句になっているようなものだ(分詞を使うとこういうこともできる)。

で、青線最後のἴσηνは、形容詞ἴσοςの女/単/対で、「(〜が)(与格に)等しい」の意味である。よって、直前のγωνίανと、直後の黄線部分τῇ ...εὐθυγράμμῳが等しいと述べている。したがって、「与えられた直線角に等しい角を」となる。

以上をまとめると、「与えられた直線上で、与えられた直線角に等しい角を受け入れるような円の切片を描くこと」の意味になる。

 

ちなみに、日本語では「描く」と「書く」では意味が違うが、古典ギリシャ語ではどちらもγράφωと言うようだ。

もうひとつちなみに、この文章の最後のεὐθυγράμμῳだが、これの元の単語はεὐθυγράμμοςで、これはさらにεὐθυ-γράφω-μοςと分けられる。

εὐθυが「直線状」、γράφωが「書く」、最後のμοςが名詞化の語尾だ。つまり、「直線状に書かれたもの」の意味であり、これが「角」と並べられることで「直線角」を意味しているようである。

 

 

 

*1:命題1-23「与えられた直線上にその上の点において与えられた直線角に等しい直線角を作ること」

*2:命題1-11「与えられた直線にその上の与えられた点から直角に直線を引くこと」

*3:命題1-10「与えられた線分を二等分すること」

*4:命題1-11「与えられた直線にその上の与えられた点から直角に直線を引くこと」

*5:公準1「任意の点から任意の点へ直線をひくこと」

*6:公準4「すべての直角は互いに等しいこと」

*7:命題1-4「もし二つの三角形が二辺が二辺にそれぞれ等しく、その等しい二辺に挟まれる角が等しいならば、底辺は底辺に等しく、三角形は三角形に等しく、残りの二角は残りの二角に、すなわち等しい辺が対する角はそれぞれ等しいであろう」

*8:公準3「任意の点と距離(半径)をもって円を描くこと」

*9:公準1「任意の点から任意の点へ直線をひくこと」

*10:命題3-16系「円の直径にその端から直角にひかれた直線は円に接する」

*11:命題3-32「もし円に直線が接し、その接点から円に対し円を切る直線が引かれるならば、それが接線となす角は円の反対側の切片内の角に等しいであろう」

*12:公理1「同じものに等しいものはまた互いに等しい」

*13:命題1-23「与えられた直線上にその上の点において与えられた直線角に等しい直線角を作ること」

*14:命題1-10「与えられた線分を二等分すること」

*15:公準3「任意の点と距離(半径)をもって円を描くこと」

*16:命題3-16系「円の直径にその端から直角にひかれた直線は円に接する」

*17:命題3-31「円において半円内の角は直角であり、半円より大きい切片内の角は直角より小さく、より小さい切片内の角は直角より大きい。また半円より大きい切片の角は直角より大きく、より小さい切片の角は直角より小さい」

*18:公準4「すべての直角は互いに等しいこと」

*19:公理1「同じものに等しいものはまた互いに等しい」

*20:命題1-23「与えられた直線上にその上の点において与えられた直線角に等しい直線角を作ること」

*21:命題1-11「与えられた直線にその上の与えられた点から直角に直線を引くこと」

*22:命題1-10「与えられた線分を二等分すること」

*23:命題1-11「与えられた直線にその上の与えられた点から直角に直線を引くこと」

*24:公準1「任意の点から任意の点へ直線をひくこと」

*25:命題1-4「もし二つの三角形が二辺が二辺にそれぞれ等しく、その等しい二辺に挟まれる角が等しいならば、底辺は底辺に等しく、三角形は三角形に等しく、残りの二角は残りの二角に、すなわち等しい辺が対する角はそれぞれ等しいであろう」

*26:命題3-16系「円の直径にその端から直角にひかれた直線は円に接する」

*27:命題3-32「もし円に直線が接し、その接点から円に対し円を切る直線が引かれるならば、それが接線となす角は円の反対側の切片内の角に等しいであろう」

*28:公理1「同じものに等しいものはまた互いに等しい」

*29:指導案では、都井岬、宇宙基地、佐多岬灯台が見えたとしている。いずれも鹿児島近辺に実在する場所である。

*30:この直角二等辺三角形はどうやって作図するのだろう? 指導案には「∠BQC=90°を作図」とあるが、その点Qを見つけるのが大変なはずである。もっとも、方法はいくらでもある。∠CBR=90°となる点Rなら作図できるから、その角の二等分線を描けば45度が作れる。同じことを点C上でもやれば、それらの交点が求める直角二等辺三角形の頂点となる。他にも色んな方法があるだろう。

*31:そういう意味では、今回の命題は「与えられた角を二倍する作図」とも取れる。

*32:おそらく生徒が混乱するだけなので使わない方が良い。

*33:指導案では、右から都井岬(A)、宇宙基地(B)、佐多岬灯台(C)が見えたとしている。「宇宙基地」を内之浦宇宙空間観測所だとして、GoogleMap上で確認したところ、条件を満たすポイントがちゃんと存在した!

鹿児島県沖50kmほどのところである。早急に救助に向かってもらいたい。ところで「鹿児島県で宇宙基地と言えば種子島宇宙センターでは?」と思うかもしれないが(というか私が最初そう思ったのだが)、種子島宇宙センターをBとすると、遭難位置が存在しない。