ΣΤΟΙΧΕΙΑ -ストイケイア-

ユークリッドの『原論』を少しずつ読んでいくブログです。タイトルは『原論』の原題「ΣΤΟΙΧΕΙΑ」より。

第3巻命題31 直径に対する円周角は直角

円において半円内の角は直角であり、半円より大きい切片内の角は直角より小さく、より小さい切片内の角は直角より大きい。また半円より大きい切片の角は直角より大きく、より小さい切片の角は直角より小さい。

 

「人類初の数学者」には諸説あるが、一説には、紀元前500~600年頃のタレスとされている。そのタレスが証明したとされる定理が、「直径に対する円周角は直角」である。これは「タレスの定理」と呼ばれている。夢のある言い方をすれば、「人類が初めて証明した数学の定理」ということになる。

残念ながら、この説は紀元前300年頃のエウデモスという人物による創作とされている(参考文献[3]P.89)が、広く流布した伝説となっている。

 

ということで、今回の命題は、現代の用語に直すと「直径に対する円周角は直角」である。さらに、これを含めて五つの性質を述べている。箇条書きにすると次の通りだ。

  1. 半円内の角は直角(直径に対する円周角は直角)
  2. 半円より大きい切片内の角は直角より小さい
  3. 半円より小さい切片内の角は直角より大きい
  4. 半円より大きい切片の角は直角より大きい
  5. 半円より小さい切片の角は直角より小さい

1番がタレスの定理である。下図の半円ΑΒΓにおいて、半円内の角ΒΑΓが直角になると述べている。

2番は次の通り。半円より大きい切片ΑΒΓ内の角ΒΑΓは直角より小さい。

3番はその反対に、半円より小さい切片ΑΒΓ内の角ΒΑΓは直角より大きい。

次の4番と5番は、切片の角について述べている。切片の角とは、弧と弦のなす角である。4番は、半円より大きい切片の角ΑΒΓは直角より大きいと述べている。

そして5番は、半円より小さい切片の角ΑΒΓは直角より小さいと述べている。

切片の角は、現代の数学では見かけない概念である。弦は直線だが、弧は曲線だ。直線と曲線の間の角というものを、当時は考えたのである。

 

説明だけで長くなってしまった。そろそろ証明に移ろう。

円ΑΒΓΔがあり、直径をΒΓ、中心をΕとする。

順番に証明していく。まず、半円内の角が直角であることを示そう。ΑΒ、ΑΓ、ΑΕを結び*1、ΒΑを延長しよう*2

すると、線分ΑΕは線分ΕΒに等しいので*3、角ΕΑΒも角ΕΒΑに等しい*4
同様に、線分ΑΕは線分ΕΓに等しいので*5、角ΕΑΓも角ΕΓΑに等しい*6

したがって、角ΓΑΒ全体は、二角ΑΒΓΒΑΓに等しい。ところで、角ΖΑΓは三角形ΓΑΒの外角なので、二角ΑΒΓΒΑΓに等しい*7

よって、接角ΓΑΒΖΑΓが互いに等しいので、直角の定義より、双方は直角である*8。すなわち、半円内の角ΓΑΒは直角である。

 

次に、半円より大きい切片内の角は直角より小さいことを示す。図を再掲しよう。

三角形ΑΒΓに注目すると、このうちの二角ΑΒΓΒΑΓの和は二直角より小さい*9。そして角ΒΑΓは直角なので、残りの角ΑΒΓは直角より小さい。その上、角ΑΒΓは半円より大きい切片ΑΒΓ内の角である。したがって、半円より大きい切片内の角は直角より小さい。

 

次は、半円より小さい切片内の角は直角より大きいことを示す。ΑΔ、ΔΓを結ぼう*10

ここで四角形ΑΒΓΔに注目する。円に内接する四角形は対角の和が二直角に等しいので*11、二角ΑΒΓΑΔΓの和は二直角に等しい。そして、つい先ほど角ΑΒΓが直角より小さいことを示した。よって、残りの角ΑΔΓは直角より大きい。しかも半円より小さな切片ΑΔΓ内の角である。したがって、半円より小さな切片内の角は直角より大きい。

 

次に、半円より大きな切片の角は、直角より大きいことを示す。これは一瞬である。

半円より大きな弧ΑΒΓと、弦ΑΓに挟まれた角ΓΑΒに注目しよう。これは、直角ΓΑΒより大きい*12。よって、半円より大きな切片の角は直角より大きい。

 

最後に、半円より小さな切片の角は、直角より小さいことを示す。これも同様である。

半円より小さな弧ΑΔΓと、弦ΑΓに囲まれた角ΓΑΔに注目しよう。これは、直角ΓΑΖより小さい*13。よって、半円より小さな切片の角は直角より小さい。

 

よって、円において半円内の角は直角であり、半円より大きい切片内の角は直角より小さく、より小さい切片内の角は直角より大きい。また半円より大きい切片の角は直角より大きく、より小さい切片の角は直角より小さい。これが証明すべきことであった。

 


 

五つの事柄を証明するので全体として長くなっているが、ひとつひとつの証明は非常に短い。

大きい円弧と小さい円弧に関する命題だが、同じ図の見方を変えることで一気に証明できてしまうところが、発想の勝利という感じで気持ち良い。また、二番目以降の証明に、直前で証明した内容を利用するのが、「前作の主人公が次作のサブキャラとして登場するシリーズ作品」のようでテンションが上がる。個人的に、『原論』における好きな証明の上位に食い込む証明である。

 

なお参考文献[3]によると、後ろ二つの証明は後世の追記であると考えられているようだ。実は『原論』内で切片の角について触れているのは、ここと、命題III.16の二つしかない。また、そこには『原論』の他の箇所には見られない語彙が含まれるため、ユークリッドによる記述ではないと考えられているそうだ。

stoixeia.hatenablog.com

 

命題III.16も、今回の命題も、切片の角に関する部分は、命題の後半に「また、」という書き出しで続いている。後世の人が元々あった命題にあとから追加したため、このような形になったと考えられる。

命題III.16では、半円(切片)の角が「あらゆる鋭角より大きい」ことが示されていた。今回の命題と併せると、半円より小さい切片の角、半円に等しい切片の角、半円より大きい切片の角すべての角についての定理が得られたことになる。

半円より小さい切片の角は直角より小さく、半円より大きい切片の角は直角より大きく、さらに半円に等しい切片の角はどの鋭角よりも大きい……となれば、「半円に等しい切片の角は直角」と言いたくなるが、そのようには呼ばないようだ。

(半円の角ΑΒΓは直角だろうか?)

 


 

半円内の角が直角であることを示すために、直角の定義が使われていた。『原論』における直角の定義は、
「直線が直線の上に立てられて接角を互いに等しくするとき、等しい角の双方は直角」
というものであった。そこで、角ΓΑΒが角ΓΑΖに等しいことを示した。

しかし、この直角の定義は、現代ではあまり使われていない。

では現代ではこの定理をどうやって示しているか……というと、円周角と中心角の関係から一発で示せる。中心角ΒΕΓが180°なので、同じ弧に対する円周角ΒΑΓは半分の90°とわかる。

『原論』でこの証明方法を使っていない理由は、当時、直線を角と認めていなかったためであろう。第1巻でも何度かあったが、『原論』ではこの縛りのせいで、現代人から見ると妙に回りくどい証明を要求されてしまうことがある。

 


 

参考文献[4]によると、今回のギリシャ語原文は以下の通りである。

᾿Εν κύκλῳ ἡ μὲν ἐν τῷ ἡμικυκλίῳ γωνία ὀρθή ἐστιν, ἡ δὲ ἐν τῷ μείζονι τμήματι ἐλάττων ὀρθῆς, ἡ δὲ ἐν τῷ ἐλάττονι τμήματι μείζων ὀρθῆς· καὶ ἔπι ἡ μὲν τοῦ μείζονος τμήματος γωνία μείζων ἐστὶν ὀρθῆς, ἡ δὲ τοῦ ἐλάττονος τμήματος γωνία ἐλάττων ὀρθῆς.

五つの主張が並んでいるので、当然長くなる。それぞれを意味のまとまりごとに訳すと、こんな感じになる。

前から順番に読んでも、日本語として意味が通じない。語順が違うので当然である。

一行ごとに見ていこう。まず一行目はこの通り。

文頭と、黄色い下線の先頭にあるἐνが、英語のinに相当する単語で、ここでは「〜において/〜における」と訳した。

緑色の下線を引いた語句が主語である。前の方と後ろの方に分かれているが、本来はἡ γωνίαとまとまって書くべき語句である。だが、古典ギリシャ語では、名詞を形容する語句を冠詞と名詞の間に置くという規則がある(置かずに書くこともできる)。そのため、冠詞ἡと名詞γωνίαの間に、γωνίαを説明する句ἐν τῷ ἡμικυκλίῳが置かれている。

また、同じく冠詞と名詞の間に入っているμὲνは、接続詞である。古典ギリシャ語では、接続詞は文章の二単語目に置くという規則がある(置かないこともある)。そのため、こんな中途半端な位置に接続詞がある。μέν...δέ...で、「一方では〜、他方では〜」という意味になる。並列の接続詞だ。

後ろから二単語目のὀρθήは、英語のrightに相当する形容詞だ。「正しい」という意味だが、ここでは「直角な」の意味になる。英語でもright angle「正しい角」で「直角」の意味になるが、古典ギリシャ語でも同様である。

最後のἐστινは、英語のbe動詞に相当する単語である。

この文章は、「主格の名詞」+「主格の形容詞」+「ἐστιν」となっているので、「(主格)は(形容詞)である」という意味の文章になる。つまり、「γωνία「角」はὀρθή「直角」である」と述べている。そこに、「角」を形容するἐν τῷ ἡμικυκλίῳ「半円における」がついている。

ちなみに、ἡμικυκλίῳは与格で、原形はἡμικύκλιοςである。これが「半円の」という意味の形容詞だ。古典ギリシャ語では、形容詞に冠詞をつけて名詞にすることができて、ここではそれが起こっている。

そして、語頭のἡμι-が「半分」を意味する接頭辞である。そして「円」はκύκλοςである。「半円の」と微妙に語尾が違うのは、最後のιοςが形容詞を表すからである。

 

一行目から古典ギリシャ語らしさが発揮された文章だが、次の行からはさらに発揮される。

先ほど書いたように、δὲは接続詞である。

冠詞であるはずのἡに「角は」の訳を充てているが、これは誤訳ではない。古典ギリシャ語ではこのように、直前の文章と主語が同じ場合、主語を省略したり、冠詞だけにしたりすることがある。なんてややこしい……と思うが、日本語の方がもっと主語を省略しがちなので、文句は言えない。

先に文末のἐλάττων ὀρθῆςを見よう。ὀρθῆςは、先ほどのὀρθήの属格である。そしてἐλάττωνは、「小さい」を意味する形容詞μικρόςの比較級である。原形と全く形が違うが、これは不規則変化だからである。それにしたってまるで面影がないが、英語でもgoodがbetterになったりするので、まぁそんなもんである。

英語の比較文では比較対象をthanで指し示すが、古典ギリシャ語では属格にすることで表す(thanに相当する単語も存在する)。そのため、比較対象であるὀρθήが属格ὀρθῆςになっている。そして、形容詞ἐλάττωνが主格なので、「直角より小さい」ものは主格の単語、すなわち「より大きい切片における角」だとわかる。

で、「より大きい切片における」と訳したἐν τῷ μείζονι τμήματιであるが、μείζονιが「大きい」という意味のμέγαςの比較級(これも不規則変化)の与格、τμήματιが「切片」という意味のτμῆμαの与格である。

この句もよく見ると、冠詞τῷと名詞τμήματιの間に形容詞(の比較級)が挟まっている。つまりこの名詞を修飾し、「○○より大きい切片」という意味になっている(格が同じであることも修飾関係を示す)。比較対象は属格で表されるはずだが、文中には対象となりそうな属格の単語がない。ということで、文脈から判断して、比較対象は「半円」だと解釈することになる。

 

三行目は二行目とほぼ同じである。

二行目のἐλάττωνとμείζονιの位置と格が入れ替わっただけである。訳し方も同じだ。

 

ということで四行目に行こう。ここから、後世に追加されたと推定されている箇所である。

καὶ ἔπιもμὲνも接続詞である。καίは英語のandに相当する単語で、いろんな用法があるっぽいが、ここでは「また」と訳せばいいだろう。ἔπιは辞書を見てもよく分からなかったのだが、たぶん「その上」といった意味だ。本来は前置詞だが、名詞を伴わないとas wellといった意味になるらしい。

以降は一行目と二行目の複合のような文章だが、ちょっと注目したのが「より大きい切片の」と訳した箇所である。二行目、三行目では、ここは英語のinに相当するἐνが用いられていたが、この文では単に属格が使われている。

これは邦訳で、「切片内の角」と「切片の角」と訳し分けられていた箇所である。『原論』にはこの二種の角が登場するのだった(前者が円周角、後者が孤と弦の間の角であった)。

それぞれの定義を第3巻の冒頭から引用すると、次の通り。

ζʹ. Τμήματος δὲ γωνία ἐστὶν ἡ περιεχομένη ὑπό τε εὐθείας καὶ κύκλου περιφερείας.

ηʹ. Ἐν τμήματι δὲ γωνία ἐστίν, ὅταν ἐπὶ τῆς περιφερείας τοῦ τμήματος ληφθῇ τι σημεῖον καὶ ἀπ ̓ αὐτοῦ ἐπὶ τὰ πέρατα τῆς εὐθείας, ἥ ἐστι βάσις τοῦ τμήματος, ἐπιζευχθῶσιν εὐθεῖαι, ἡ περιεχομένη γωνία ὑπὸ τῶν ἐπιζευχθεισῶν εὐθειῶν.

下線を引いたのが、それぞれ「切片の角」と「切片内の角」である。

「切片の角」の方は、切片τμῆμαが属格τμήματοςで書かれ、「切片内の角」の方は、inに相当する単語ἐνを使って書かれている。属格は英語のofやfromに相当するので、「切片に属する角」といった意味になろうか。

難しいことを書いたが、つまり「切片」という図形があって、切片によって作り出される角が「切片の角τμήματος γωνία」であり、切片の内部に直線を引いて作られる角が「切片内の角ἐν τμήματι γωνία」ということであるようだ。

なぜこれを「切片の角」と呼ぶのだろう……と密かに疑問に思っていたのだが、原語を見れば納得がいく。私はこういうことをやりたくて古典ギリシャ語の勉強をしたのだ。

 

最後の五行目は、四行目とほぼ同じである。

二、三行目と違ってγωνίαが省略されていないが、動詞ἐστίνは省略されている。また、二、三行目の関係と同様に、四、五行目も「より小さい」「より大きい」を意味する単語の位置と格が入れ替わっている。

ここまで読んだ賢明な読者諸君なら、この五行目は自力で訳せるのではないだろうか。

 

 

*1:公準1「任意の点から任意の点へ直線をひくこと」

*2:公準2「有限直線を連続して一直線に延長すること」

*3:定義1-15「円とは一つの線に囲まれた平面図形で、その図形の内部にある一点からそれへ引かれたすべての線分が互いに等しいものである」

*4:命題1-5「二等辺三角形の底辺の上にある角は互いに等しく、等しい辺が延長されるとき、底辺の下の角は互いに等しいであろう」

*5:定義1-15「円とは一つの線に囲まれた平面図形で、その図形の内部にある一点からそれへ引かれたすべての線分が互いに等しいものである」

*6:命題1-5「二等辺三角形の底辺の上にある角は互いに等しく、等しい辺が延長されるとき、底辺の下の角は互いに等しいであろう」

*7:命題1-32「すべての三角形において、一辺が延長されるとき、外角は二つの内対角の和に等しく、三角形の三つの内角の和は二直角に等しい」

*8:定義1-10「直線が直線の上に立てられて接角を互いに等しくするとき、等しい角の双方は直角であり、 上に立つ直線はその下の直線に対して垂線と呼ばれる」

*9:命題1-17「すべての三角形において、どの二角をとってもその和は二直角より小さい」

*10:公準1「任意の点から任意の点へ直線をひくこと」

*11:命題3-22「円に内接する四辺形の対角の和は二直角に等しい」

*12:公理8「全体は部分より大きい」

*13:公理8「全体は部分より大きい」