等しい円において等しい弧の上に立つ角は、中心角も円周角も、互いに等しい。
前回、等しい中心角や等しい円周角は、等しい弧の上に立つことを示した。
今回はその逆、等しい弧の上に立つ角は、中心角も円周角も等しくなることを示す。中学や高校の授業などでは、むしろこっちの方がメジャーな定理だろう。
では証明しよう。証明には背理法を使う。
等しい二円ΑΒΓ, ΔΕΖがあり、等しい弧ΒΓ, ΕΖ上に中心角ΒΗΓ, ΕΘΖと円周角ΒΑΓ, ΕΔΖが立っているとする。このとき、ΒΗΓはΕΘΖに、ΒΑΓはΕΔΖにそれぞれ等しいことを示そう。
背理法で示す。もし中心角ΒΗΓがΕΘΖに等しくないならば、どちらかが大きい。そこで、角ΒΗΓが大きいとしよう。そして、角ΕΘΖに等しい角を、線分ΒΗの上に点Ηにおいて作り*1、角ΒΗΚとする。
(∠ΒΗΚ=∠ΕΘΖ)
ところで、中心角が等しいならば、それが立つ弧も等しいのであった*2。ゆえに、弧ΒΚは、弧ΕΖに等しい。しかし、弧ΒΓも弧ΕΖに等しいのだった。よって、弧ΒΚも弧ΒΓに等しい*3。だがこれは不可能である。したがって、角ΒΗΓは角ΕΘΖに不等でない、すなわち等しい。
さらに、角ΒΑΓは中心角ΒΗΓの半分であり、角ΕΔΖは中心角ΕΘΖの半分なので*4、角ΒΑΓも角ΕΔΖに等しい*5。
よって、等しい円において等しい弧の上に立つ角は、中心角も円周角も、互いに等しい。これが証明すべきことであった。
これまでに幾度と見た証明方法である。二つのものが等しいと示すために、片方を大きいと仮定し、大きい方の内側に他方を作図する。すると、作図されたものと、大きいはずのものが等しくなってしまい、矛盾する。よって、片方が大きいという仮定が誤り、すなわち両者は等しいとする証明だ。
今回は、両者が等しくなることを示すのに、前回の命題を利用した。今回の命題は前回の逆であるのだが、ある命題の逆を証明するのに、その命題そのものを利用したわけである。この手法も何度も登場したが、何度見てもちょっと面白い。
ところで証明の終盤で、「角ΒΑΓは中心角ΒΗΓの半分であり」と書いた。そしてその根拠を命題III.20としたが、命題III.20は正確には次のような命題だ。
命題III.20
円において角が同じ弧を底辺とするとき、中心角は円周角の二倍である
中心角が円周角の二倍なのだから、円周角は中心角の半分である。当然だ。が、参考文献[3]には、この命題の解説として、次のように書いてある。
なお、第III巻の命題で、これら2命題(筆者注:命題III.26, 27)の証明で利用されているのはIII.24のみである。この命題だけから等しい弧の上の円周角が等しいことが証明されるのは奇妙に感じられるが、証明においては、中心角が等しければ円周角が等しいことが前提とされていて、これはIII.20に依存する。
依存するもなにも、どう考えても「中心角は円周角の二倍なんだから、円周角は中心角の半分」という論理が背後にあるのだから、命題III.20を利用していると言える。が、どうもこの文章では、そのように解釈することに慎重になっているように感じる。
なぜこんなに慎重なのかわからないが、文献研究というのはそういうものなのかもしれない。
今回の命題は二つの円に関する命題だったが、前回と同様に、ひとつの円の内部でも成立する命題だ。下図のように点を取れば今回の証明がそのまま使える。適宜ΗをΘに読み替える必要はあるが。
現代の中学生が図形の問題を解くときは、ひとつの円の内部でこの命題を利用することの方が多いだろう。
ところで、「同じ弧の上の円周角は等しい」は学校でも習ったし、そのときの証明は『原論』のものと同じだった。しかし、今回の「複数の等しい弧の上の円周角が等しい」の証明をどうやったか覚えていない。教科書以外の本でも目にした記憶がない。
今回の証明は、中学生向けに説明するにはやや複雑な気がする。こんなものを見ていたら覚えていそうなものなので、別のやり方で示したはずである。どうやったのだろうか。
少し検索したところ、次のような証明を見つけた。
下図において、∠ΒΑΓ=∠ΕΔΖのとき、弧ΒΓ=弧ΕΖであることを示そう。
中心角は円周角の二倍なので、∠ΒΗΓ=∠ΕΗΖである。ここで、扇形の弧の長さの公式を思い出そう。半径をr、中心角をt、円周率をπとすると、弧の長さLは、
L = 2r π×t/360°
である。そして扇形ΒΓΗ、ΕΗΖにおいて、中心角tは等しく、半径rも当然等しい。よって、弧ΒΓ、ΕΖの長さも等しい。これが証明すべきことであった。
https://lab-brains.as-1.co.jp/enjoy-learn/2023/05/46577/
簡潔かつ明快な方法である。扇形の弧の長さを求めるのに円周角の定理は利用しないから、循環論法にもなっていない。
『原論』には、弧の長さや面積といったものを、数で表そうという発想が出てこない。したがって、「弧の長さの公式」というものも出てこない。なのでこの証明方法が使えないのだ。
今回の命題は、参考文献[4]によると、こんなギリシャ語である。
'Εν τοῖς ἴσοις κύκλοις αἱ ἐπὶ ἴσων περιφερειῶν βεβηκυῖαι γωνίαι ἴσαι ἀλλήλαις εἰσίν, ἐάν τε πρὸς τοῖς κέντροις ἐάν τε πρὸς ταῖς περιφερείαις ὦσι βεβηκυῖαι.
後半のἐάν...以降は、前回の命題と全く同じである。
意味のまとまりごとに分けて訳すと、こうなるだろうか。
今回の命題は前回の逆であるが、前回も今回も主語が「角」なのはちょっと面白い。今回と対にするなら、前回の命題は「等しい角に立たれる弧は互いに等しい」とでもなるだろうか。
また前回の命題では、どのような角であるかの説明が文の後半にまとめて書かれていたが、今回は前半部分でも修飾している。今回の主語は、
αἱ ἐπὶ ἴσων περιφερειῶν βεβηκυῖαι γωνίαι
であるが、緑色の部分は「等しい円周の上に」という意味の修飾節である。またその直後のβεβηκυῖαι「立つ」も完了分詞であり、γωνίαι「(複数の)角」を修飾している。
それから、ちょっと面白いなと思ったのは、前半部最後のἴσαι ἀλλήλαις εἰσίνである。この3単語は、それぞれ次のような意味である。
ἴσαι「等しい」形容詞、女性/複数/主格
ἀλλήλαις「他方」名詞、女性/複数/与格
εἰσίν「be」動詞、3人称/複数/現在/直説法/能動態
注目したいのは、これらがすべて複数形であるということだ。主語が複数形なので当然であるが、もしこの命題が「一方が他方に等しい」という主張なら、ここは単数形になっていたはずだ。複数形であることから、「互いに等しい」というニュアンスが生まれている。
面白いのは「他方」も複数形になっていることだ。証明では二つの弧を比較しているので、「他方」はひとつしかない。それでも複数になっているのは、上記の「互いに等しい」のニュアンスのためか、あるいは「証明では二つだが、実際には三つ以上の場合も成り立つ」からだろうか。
それから、これが与格なのも、古典ギリシャ語を勉強中の身としては興味深い
与格は間接目的語を表し、直接目的語を表すのは対格である。……と言葉ではわかっていても、この使い分けは難しい。日頃、目的語が直接か間接かなんて意識して使っていないからである。
「AがBに等しい」なら直接目的語で書きそうなものだが、どうやら間接目的語になるらしい(証明内でも、たとえば「ΒΚはΒΓに等しい」は与格で書かれている)。
どうして与格になるのかはよくわからない。まだ勉強が足りないようだ。