円において角が同じ弧を底辺とするとき、中心角は円周角の二倍である。
第3巻はここまで、マイナーだったり地味だったりする命題が続いてきたが(個人の感想)、ここにきてついに円の定理の花形たる円周角の登場だ。
現代の日本では、中学で円周角に関する色々な定理を学ぶ。「円周角の定理」が最も有名であろうが、『原論』で最初に登場するのは「中心角は円周角の二倍」である。円周角の定理は次回、この定理を使って証明される(たしか、中学でも同様の方法で証明を習った記憶がある)。
そういえば、中学では「同じ弧に『立つ』円周角」という表現を使っていた気がするが、『原論』では「同じ弧を底辺(ΒΑΣΙΣ)とする」という表現を使っているようだ。第1巻では平行四辺形に対しても「底辺」という用語を使っていたので、『原論』ではやたらとこの語が出てくるように感じる。
ちなみに、「中心角」「円周角」も、原語通り訳すと「中心における角(ἡ πρὸς τῷ κέντρῳ γωνία)」「円周における角(τῆς πρὸς τῇ περιφερείᾳ)」になるそうだ。命題の原文を直訳すると、「円において、中心における角は、円周におけるそれの二倍である。それらが同じ弧を底辺とするときは」とでもなろうか。
さて、円ΑΒΓがあり、角ΒΕΓをその中心角、角ΒΑΓをその円周角とする。そして、これらが同じ弧ΒΓを底辺としているとする。このとき、中心角ΒΕΓは円周角ΒΑΓの二倍となる。
証明は難しくない。三角形の性質を何回か使えばよい。
するとこのとき、線分ΕΑは線分ΕΒに等しいから*3、三角形ΕΑΒは二等辺三角形となり、角ΕΑΒは角ΕΒΑに等しい*4。従って、二角ΕΑΒ、ΕΒΑの和は、角ΕΑΒの二倍である。
ところで、三角形の一辺を延長しているので、角ΒΕΖは、二角ΕΑΒ、ΕΒΑの和である。よって、角ΒΕΖも、角ΕΑΒの二倍である*5。同様に、角ΖΕΓも角ΕΑΓの二倍である。したがって、角ΒΕΓ全体は、角ΒΑΓ全体の二倍である。
ここで終わってもよいが、もう1パターン証明する。
線分が折り曲げられたとし、別の角ΒΔΓがあるとする。
すると同様の議論で、角ΗΕΓは、角ΗΔΓの二倍だとわかる。
さらに、そのうちの角ΗΕΒは、角ΗΔΒの二倍であることもわかる。
ゆえに、残りの角ΒΕΓは、角ΒΔΓの二倍である。
よって、円において角が同じ弧を底辺とするとき、中心角は円周角の二倍である。これが証明すべきことであった。
円周角の位置によって場合分けが必要になる証明である。中学のときは、これが面倒くさいなぁと感じたものである(たぶん、場合分けを使った証明というのも、これがほとんど初めてだったんじゃなかろうか?)。
ところで中学のときは、この2パターンに加えてさらにもう1パターン、次のように円周角と中心角が重なる場合も示したように記憶している。
せっかく2パターンまで証明したのに、この場合を示さないのはなんとなく不自然な気がする。もちろんこの場合も、三角形ΕΘΓが二等辺三角形であることから、中心角ΒΕΓが円周角ΒΘΓの二倍になることがすぐに導かれる。が、明らかに先の2つのパターンとは異なるので、厳密にいえば証明が必要だと思うのだが。
もっとも、このパターンは、1つ目のパターンの証明の中で、さりげなく登場している。図を見れば明らかだろう。
角ΒΑΖを円周角、角ΒΕΖを中心角と見れば3つ目のパターンになるし、そのことは事実として証明に使われてしまっている。ユークリッドもそれがわかっていたので、3つ目のパターンはわざわざ言及しなかったのかもしれない。
ちなみに参考文献[3]によると、2つ目のパターンの証明は、ユークリッドの書いた原典にはない証明だと考えられているようだ。ユークリッドから300年ほど後の数学者ヘロンによって追記されたと言われている。実際、後半部分がない写本も存在し、それらでは中心の名前がΕではなくΔになっているそうである。
従って、ユークリッド自身は、1つ目のパターンしか証明を書かなかったということになる。厳密には正しい証明ではない気がするのだが、よかったのだろうか。それでよいなら、中学時代の私が面倒くさがらずに済んだのだが。
『原論』では一つの命題に複数の図が描いてあることは少なく、たいてい一つにまとめられている。今回の命題も、当ブログではわかりやすく図を分けて描いたが、写本にはこんな図が載っているようだ。
なんだかごちゃごちゃして、わかりにくい図である。ユークリッド的には、円周角はΒΑΓしか描いていなかったので、そのときはすっきりしていたに違いない。
さて、ここから命題30くらいまで、円周角や中心角に関する命題が続く。まずはひとつの円内での円周角や中心角について議論し、次いでふたつの円における円周角や中心角について議論していく。有名な定理がわんさか出てくる区間である。