ΣΤΟΙΧΕΙΑ -ストイケイア-

ユークリッドの『原論』を少しずつ読んでいくブログです。タイトルは『原論』の原題「ΣΤΟΙΧΕΙΑ」より。

第3巻命題21 円周角の定理

円において同じ切片内の角は互いに等しい。

 

知り合いが言っていたのだが、中学の数学で習う定理のうち「○○定理」と名が付くものは三つしかないらしい。

それは、ピタゴラスの定理、中点連結定理、そして円周角の定理の三つである。

本当かどうか知らないが、たしかにこれ以外でパッと思いつく定理は、高校以降で習うものばかりだ。何か思いついた人は教えて欲しい。

 

さて、今回の命題は中学三大定理のひとつ、円周角の定理である*1

 

円ΑΒΓΔがあり、同じ切片ΒΑΕΔ内に、二角ΒΑΔ、ΒΕΔがあるとする。このとき、二角ΒΑΔ、ΒΕΔは互いに等しい、というのが命題の主張である。

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現代では「同じ弧の上の円周角は等しい」と表現するが、『原論』では「同じ切片内の円周角は等しい」と述べている。上下が逆になっている感じである。

 

証明は一瞬で済む。

まず、円ΑΒΓΔの中心Ζを取り*2ΒΖΖΔを結ぶ*3

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すると、角ΒΖΔは中心角であり、角ΒΑΔは円周角であり、さらにこれらは同じ弧ΒΓΔを底辺とするから、中心角ΒΖΔは円周角ΒΑΔの二倍である*4。同様に、中心角ΒΖΔは円周角ΒΕΔの二倍である。したがって、二つの円周角ΒΑΔΒΕΔは、同じ中心角の半分であるから、互いに等しい*5

よって、円において同じ切片内の角は互いに等しい。これが証明すべきことであった。

 


 

特に補足することはあるまい。単純明快な証明である。

ひとつ気になる点があるとすれば、命題では「切片内の角」を考えているのに、証明では「同じ弧の上の角」として扱っている点だろうか。気にするほどでもないのだが、なんとなく証明に回りくどさを感じてしまう。

そういえば、第3巻の定義8と9は、こんな内容だった。

8.切片内の角とは切片の弧の上に一点がとられ、それから切片の底辺をなす弦の両端に線分が結ばれるとき、結ばれた二線分に挟まれた角である。

9.この切片内の角を挟む二線分が弧を切り取るとき、角は弧の上に立つと言われる。

切片内の角とは、下図の角ΑΒΓのようなものだ。

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『原論』の定義では、先に切片内の角を定義し、その次に、そのような角が「弧の上に立つ」とはどのようなことかを定義している。従って、「切片内の角」の方が、より低レイヤーな概念だと認識されていたと推測される。

わかりやすく言うと、「切片内の角の性質」として証明しておけば、「円は出てこないが、円の切片だけが出てくる場合」にも利用できるということだ。従って、このような命題にしておいた方が、より広い状況に対応できて便利だと言える。

 


 

今回の命題の原文を参考文献[4]で確認すると、こうなっている。

᾿Εν κύκλῳ αἱ ἐν τῷ αὐτῷ τμήματι γωνίαι ἴσαι ἀλλήλαις εἰσίν.

最初の「᾿Εν κύκλῳ」が「円において」、最後の「 ἴσαι ἀλλήλαις εἰσίν」が「もうひとつと互いに等しい」といった意味である。「ἴσαι ἀλλήλαις」で「互いに等しい」という意味になるようだ。

で、ちょっと面白いのがその間である。

αἱ ἐν τῷ αὐτῷ τμήματι γωνίαι

の部分であるが、最初の αἱ ἐν τῷ を英語に置き換えると、 the in the となるらしい。同じ the なのに、原文では別の単語が充てられているのだ。

これは、古典ギリシャ語では the が格変化するからである。最初の αἱ は女性複数、次の τῷ は男性単数につく定冠詞なのだ。しかも前者は主格、後者は与格である。ああややこしい。

この文での男性名詞は τμήματι (切片の)である。このことから、真ん中の ἐν τῷ αὐτῷ τμήματι で「その同じ(ひとつの)切片の中の」といった意味になる。全部英単語にすると、 in the same segment となるようだ。

女性複数主格の定冠詞は、五つ後ろの γωνίαι についている。これは「角」の複数形の主格である。よってこの文の主語は、「その同じひとつの切片の中の角たち」となる。

面白いのはここからである。

古典ギリシャ語では、実は複数形に二種類ある。同じ複数形でも、「二つ」と「三つ以上」で形が変わるのだ。そしてこの命題で「角」を意味する γωνίαι は、三つ以上を表す格なのだ。

たしかに、二つでは変である。円の同じ切片内の角は三つ以上あり、しかもそれらがすべて等しいからである。だからこの命題で三つ以上の角を指定しているのは正しい。

困るのは、自分で古典ギリシャ語を書こうと思った場合である。今回の命題だったら、うっかり「二つ」の複数形を使ってしまいそうである。が、切片内のすべての角が互いに等しいのだから、三つ以上にしなくてはいけない。非常に難度の高い言語である*6

 

……しかし、格変化の多い言語は難しく感じるが、実際のところどうなのだろう。語学に詳しくないのでわからないが、例えば数学に慣れた人は数式の多い文章の方が読みやすいように、語学に慣れた人は格変化の多い言語の方がわかりやすかったりするんだろうか。 

というのも、今回の命題、英語で書くと
 angles in the same segment are~
となるが、英語の初学者にとっては、どれが主語なのか直ちにはわからない(be動詞の直前の segment が主語ではないからである)。

一方、古典ギリシャ語であれば、文中に女性複数主格の定冠詞 αἱ があるおかげで、この定冠詞の付く名詞が主語なのだと即座にわかる。そして文中を探すと、女性複数主格の名詞 γωνίαι が見つかる。

格変化が多いということは、それだけ単語に詰まっている情報量が多いということで、実は簡単な言語なのかもしれない*7

 

 

*1:と私は思っていたのだが、いまネットで調べたら前回の「中心角は円周角の二倍」を円周角の定理として紹介しているサイトが多数出てきた。ただし、今回の「同じ弧に対する円周角は等しい」を円周角の定理としているサイトも少々あり、その両方としているものもあった。正しい定義はどれなのだろう?

*2:命題3-1「与えられた円の中心を見出すこと」

*3:公準1「任意の点から任意の点へ直線をひくこと」

*4:命題3-20「円において角が同じ弧を底辺とするとき、中心角は円周角の二倍である」

*5:公理6「同じものの半分は互いに等しい」

*6:最近、ようやく古典ギリシャ語にも興味を持ち始め、『原論』を原文で読もうという気になってきた。今後もしばらく、このような原文への言及をしていくかもしれない。

*7:英文でも、be動詞が複数形の are になっていることで、同じく複数形の angles が主語だとわかる。格変化のおかげだ。