与えられた点から与えられた円に接線をひくこと。
前回、円の直径と接線の関係について述べた。
今回はこの性質を利用して、円の接線を作図する。
現代の日本では中学2年で習うようだ。第3巻は最初の数個の命題以降、現代の中学ではあまり習わない命題ばかり扱ってきたが、ここにきて突然メジャーな作図の登場である。
与えられた点をΑ、与えられた円をΒΓΔとする。点Αから、円ΒΓΔに接線をひこう。
まず円の中心Εをとり*1、二点Α、Εを結ぶ*2。円周上の点Δは、線分ΑΕ上にあるものとする*3。
次に点Εを中心とし、線分ΕΑを半径とする円ΑΖΗを描く*4。そして、点Δから線分ΑΕに直角に線分ΔΖを引こう*5*6。
そしたら、二点Ζ、Εを結ぶ*7。線分ΖΕと円ΒΔΓの交点をΒとし*8、二点Α、Βを結ぶ*9。
このとき、線分ΑΒが、点Αから円ΒΓΔに引かれた接線である。
なんだか、「いつの間にか描けてしまった」という感じである。画像を交えながら説明しているので長くなっているが、文章だけなら三行で書ける。
ではこれで接線が引けていることを証明しよう。
二つの三角形ΑΒΕ、ΖΔΕに注目する。
点Εは二円ΔΒΓ、ΑΖΗの中心であるから、辺ΕΑは辺ΕΖに、辺ΕΔは辺ΕΒにそれぞれ等しい。そしてこれらは点Εにおける角を共通に挟む。それゆえ底辺ΔΖは底辺ΑΒに等しく、三角形ΔΕΖも三角形ΕΒΑに等しく、残りの角も残りの角に等しい*10。ゆえに角ΕΔΖは角ΕΒΑに等しい。
ところで、角ΕΔΖは直角である。したがって角ΕΒΑも直角である。
そして線分ΕΒは半径であり、円の直径にその端から直角にひかれた直線は円に接する*11。ゆえに線分ΑΒは円ΒΓΔに接する。
よって与えられた点Αから与えられた円ΒΓΔに接線ΑΒがひかれた。これが作図すべきものであった。
証明の中で何度か同じ注釈を入れた。例えばこの部分だ。
まず円の中心Εをとり、二点Α、Εを結ぶ。円周上の点Δは、線分ΑΕ上にあるものとする。
この点Δは、先に「円ΒΓΔ」として名前だけ登場したものである。それがあとの文章で、特になんの説明もなく線分ΕΑと円ΒΓΔの交点ということになっている。
『原論』ではこのように、先に名前だけ登場した点が、あとになってなんらかの交点として扱われることが非常に多い。実はこれまでの命題にもたびたびあったのだが、私が不自然にならないように文章を書き換えていた。が、今回はついにそれを諦めた次第である。
現代の数学の文章であれば、まずしない書き方であろう。しかし、当時としては普通の書き方だったのかもしれない。
外部の一点を通る円の接線は二本引ける。ΔからΖにひいた線分を反対側にも延ばせば、描けるようになる。
ただ、命題の主張は「接線を引くこと」であるから、一本でも引く方法を示せばそれで十分である。二本目の引き方を示すことは、本質的にはあまり重要ではないし、説明も煩雑になるだろう。第一、同じ方法で引けるのだから意味がない。
そういえば、命題の主張は「与えられた点から与えられた円に接線を引くこと」である。「与えられた外部の点から」とは書かれていない。無論、外部の点からでないと接線は引けないので、言う必要のない条件かもしれないが。
ちなみに与えられた点が円の周上にある場合は、点Δを点Αと見なすことで作図できる。つまり、与えられた点から半径に直交する線分を引けばよい。これは前回の命題16系より明らかである。
中学ではどのように教えているのかと思い、ネットで少し調べてみたところ、次のような作図法が紹介されていた。
何をしているか、おわかりだろうか。
円ΒΓΔに、点Αから接線を引きたい。まずは『原論』と同様に二点Ε、Αを結ぶが、その次に線分ΑΕの中点Ζを作図している。そしてΖを中心とし、半径をΖΑとする円ΑΒΕを描く。すると、線分ΑΒが求める接線となっている。
この方法で作図できる理由は、二点Ε、Βを結ぶとわかる。
線分ΑΕは円ΑΒΕの直径であり、直径に対する円周角は直角なので、角ΑΒΕは直角。そして線分ΕΒは半径である。直径にその端から直角に引かれた線分は円の接線なので、線分ΑΒは円ΒΓΔの接線である。
これはこれですっきりした作図である。『原論』の方法とは、線分ΑΕの垂線を取るか中点を取るか程度の違いしかない。自分で作図するときはお好みで選べばよいだろう。
ただしこの方法は、点Αが円の周上にある場合には使えない。そのときは、直径に垂線を引くことになる。
『原論』が垂線の方法を採用しているのは、ひとえに「直径に対する円周角は直角」をまだ証明していないからだろう。この定理は命題31に登場する。結構先だ。
命題31は、直径に対する円周角だけでなく、直径以外の弦の円周角にも言及する命題である。実は「直径に対する円周角は直角」だけなら、第1巻の命題だけで証明できる。従って、今回の命題17の前にそこだけ証明して、今回の証明に利用することも可能だ。
ただ、まあ、似た命題はひとつにまとめた方がわかりやすいであろう。そのため「直径に対する円周角は直角」は第3巻の後半に配置され、円の接線の作図はそれを利用しない方法が採用された。
加えて、参考文献[3]によると、命題31は後世の追記の可能性が指摘されている。というのは、「混合角」が登場するからだ。混合角とは、直線と曲線の成す角のことで、『原論』では第3巻の命題16と命題31にしか登場しない。あまりにも稀有な登場の仕方なので、この二つの命題は後世に追記されたものだと考えられているのである。
*1:命題3-1「与えられた円の中心を見出すこと」
*3:『原論』ではこのように、先に名前だけ出した点や線分が、あとの作図で定義されることがよくある。これまでの命題でも、実は何度もあった。
*5:命題1-11「与えられた直線にその上の与えられた点から直角に直線を引くこと」
*6:ここもまた、先に名前だけ出てきたΖが、あとでΑΕの垂線と円との交点だと定義される。
*8:ここも、先に名前だけ出たΒが、あとから定義されている。
*10:命題1-4「もし二つの三角形が二辺が二辺にそれぞれ等しく、その等しい二辺に挟まれる角が等しいならば、底辺は底辺に等しく、三角形は三角形に等しく、残りの二角は残りの二角に、すなわち等しい辺が対する角はそれぞれ等しいであろう」
*11:命題3-16系「円の直径にその端から直角にひかれた直線は円に接する」