円の直径にその端から直角にひかれた直線は円の外部に落ちるであろう。そしてこの直線と弧との間に他の直線は引かれないであろう。また半円の角はすべての鋭角の直線角より大きく、残りの角はすべての鋭角より小さい。
ここから命題19まで、円の接線に関する命題が続く。
この命題16は結果的に接線のことであるが、命題ではそのように述べられていない。この命題には系がついており、そこでこの線が接線であることが述べられる。
この命題は前半と後半に分かれており、それぞれがさらに二つに分かれている。
前半は、以下の二つの主張から成っている。
- 直径の端から引かれた垂線は、円の外部に落ちる。
- この直線と弧の間に、他の直線は入らない。
一つ目が、直径の端点の垂線は円の接線になることを意味する。二つ目が、そのような直線は一つしかないことを意味している。
図にするとこういうことだ。
直径ΑΒに対し、その端点から垂直に直線ΑΓが引かれている。このとき、ΑΓは円の外部に落ちる。図では左側にしか直線を延ばしていないが、左右どちらに延ばしても円の外部に落ちるため、これは接線となる。
というのは、『原論』における接線の定義が、以下のようだったからだ。
第3巻定義2
円と会し延長されても円を切らない直線は円に接するといわれる。
直線ΑΓは、Αの方向に延長しても、円を切らない(円の外部に落ちるため)。従って直線ΑΓは円の接線である。
そして「この直線と弧の間に、他の直線は入らない」ということは、点Αを通る直線は、ΑΓ以外はすべて、弧を切ってしまうことになる。従ってΑΓ以外に、点Αを通る接線は存在しない。
命題の後半は、現代人にとって馴染みの薄い概念が登場する。
現代の我々にとって「角」といえば直線同士が交わる部分を指すが、『原論』では直線と曲線の間も角と呼ぶ。これを混合角と呼ぶのだが、『原論』では定義されておらず、また登場するのもこの命題16と命題31の二か所だけである。なかなかレアである。
命題の後半は「半円の角はすべての鋭角の直線角より大きく、残りの角はすべての鋭角より小さい」となっている。半円の角とは、以下の図の部分のことである。
……なんとなくわかって頂けるだろうか?
直径ΒΑと、弧ΒΓΑに挟まれた角のことを、半円の角と呼んでいる。これが「すべての鋭角の直線角より大きい」と主張している。
また、「残りの角はすべての鋭角より小さい」の「残りの角」とは、以下の部分のことである。
……なんとなくわかって頂けるだろうか?
弧ΒΓΑと、接線ΕΑに挟まれた角を「残りの角」と呼んでいる。「余角」とも呼ばれるらしい。これが「すべての鋭角より小さい」と主張している。
これはなかなか興味深い主張である。すべての鋭角より小さいが、0ではないはずである(少なくともユークリッドの時代、0の概念はまだなかった)。ということは、現代的に解釈すれば「限りなく小さな角度(無限小の角)」という主張になる。
当時はまだ、無限の扱いがふわふわしていた。ユークリッドにとって、この角はどのような認識だったのか、とても興味深い*1。
さて前置きが長くなってしまったが、証明に入ろう。
ΑΒΓを、中心Δ、直径ΑΒであるような円とする。まずは点Αから直径ΑΒに直角に引かれた直線が、円の外部に落ちることを示そう。
証明には背理法を使う。そのような直線が円の内部に落ち、ΑΓとなったとする。そしたら、ΔΓを結ぼう*2。
すると、直線ΔΑは直線ΔΓに等しい*3ので、三角形ΔΓΑは二等辺三角形である。したがって、底角ΔΑΓは底角ΔΓΑに等しい*4。
ところが角ΔΑΓは直角なので、角ΔΓΑも直角になってしまう。よって三角形ΔΓΑの二つの角ΔΑΓ、ΔΓΑの和が二直角に等しくなってしまうが、これは不可能である*5。
ゆえに、点Αから直径ΒΑに直角に引かれた直線は、円の内部に落ちないであろう。同様にして円周上にないことも証明しうる*6。よって外部に落ちるであろう。
これで、前半の一つ目が示せた。続いて、このような直線と弧の間に他の直線が入らないことを示そう。
ΕΑを、点Αで直径ΑΒに直角に交わる直線とする。
このとき、直線ΑΕと弧ΓΘΑの間に他の直線が引けないことを示そう。これも背理法を用いる。
そのような直線が引けたとし、ΖΑとする。そしたら、点Δから直線ΖΑに垂線ΔΘΗを引こう*7。
(図は歪んでいる。本当なら角ΔΗΑは直角だし、直線ΖΑは円ΑΒΓに交わらず接している)
三角形ΔΗΑに注目しよう。すると角ΔΗΑは直角であり、角ΔΑΗは直角より小さいから、辺ΔΑは辺ΔΗより大きい*8。ところが、直線ΔΑは直線ΔΘに等しい(円の半径なので)*9。よって直線ΔΘは直線ΔΗより大きい、すなわち小さいものが大きいものより大きいが、これは不可能である*10。
よって、直線ΑΕと弧ΓΘΑの間に他の直線は引かれないであろう。
これで前半の証明が終わった。あとは後半であるが、これは一気に片が付く。図を再掲しよう。
これも背理法で示す。
もし、弦ΑΒと弧ΓΘΑとに挟まれた混合角より大きな直線角があり、かつ、直線ΕΑと弧ΓΘΑとに挟まれた 混合角より小さな直線角があるならば、弧ΓΘΑと直線ΕΑとの間に直線が引けるはずである。
しかし、そのような直線が存在しないことは、既に示した。
よって、弦ΒΑと弧ΓΘΑとに挟まれた混合角より大きい鋭角の直線角は存在せず、また直線ΕΑと弧ΓΘΑとに挟まれた混合角より小さい角も存在しない。
よって、円の直径にその端から直角にひかれた直線は円の外部に落ち、この直線と弧との間に他の直線は引かれず、また半円の角はすべての鋭角の直線角より大きく、残りの角はすべての鋭角より小さい。これが証明すべきことであった。
一つの命題に色々詰め込んであるため、証明も長くなった。
冒頭で述べた通り、この命題には以下のような系が付いている。
第3巻命題16系
円の直径にその端から直角にひかれた直線は円に接する。
これは命題16から明らかである。というのは、このような直線は円の外部に落ちる(円を切らない)からであり、それは円の接線の定義そのものだからである*11。
この命題は結果的に、接線について次の四つのことを述べている。
- 円の直径の端から直角に引かれた直線は、円の接線になる(系)
- 円の接線は、円と一点のみを共有する(円を切らない)
- それ以外の点では、円の外部にある
- 接線と円の間に、接点を通るいかなる直線も引きえない
これらはいずれも、現代の我々にとっても馴染み深い接線の性質であり、次の命題17~19で利用される性質である。
*1:ただし参考文献[3]によると、この命題の後半部分は後世の追記の可能性もあるそうだ。
*3:定義1-15「円とは一つの線に囲まれた平面図形で、その図形の内部にある一点からそれへ引かれたすべての線分が互いに等しいものである」
*4:命題1-5「二等辺三角形の底辺の上にある角は互いに等しく、等しい辺が延長されるとき、底辺の下の角は互いに等しいであろう」
*5:命題1-17「すべての三角形において、どの二角をとってもその和は二直角より小さい」
*6:ここの一言は興味深い。ユークリッドは、円周が直線である可能性を考慮している。実は同じ文面が、命題2にも登場する。
*7:命題1-12「与えられた無限直線にその上にない与えられた点から垂線を下ろすこと」
*8:命題1-19「すべての三角形において、大きい角には大きい辺が対する」
*9:定義1-15「円とは一つの線に囲まれた平面図形で、その図形の内部にある一点からそれへ引かれたすべての線分が互いに等しいものである」
*10:公理8「全体は部分より大きい」
*11:定義3-2「円と会し延長されて円を切らない直線は、円に接すると言われる」