すべての三角形において、一辺が延長されるとき、外角は二つの内対角の和に等しく、三角形の三つの内角の和は二直角に等しい。
記事のタイトルはわかりやすいように「三角形の内角の和は二直角」としたが、この命題はそれだけでなく、「三角形の外角は二つの内対角の和に等しい」ことも主張している。
さて、命題16、17で、「三角形の外角は内対角のいずれよりも大きい」「三角形の二角の和は、二直角より小さい」を示した。
今回の命題は、これらの上位互換だ。なら初めから今回の命題だけ証明すればよさそうなものなのだが、その証明が容易ではないため、しぶしぶ下位互換の命題を証明していたのだ。
だが、我々はついに、証明に必要な武器を手に入れた。中途半端な命題を、より強い命題へアップデートしよう。
三角形ΑΒΓの一辺ΒΓをΔまで延長したとする*1。外角ΑΓΔは二つの内対角ΒΑΓとΑΒΓの和であり、三つの内角の和は二直角に等しいことを示す。
まず補助線を引こう。点Γを通り、線分ΑΒに平行に直線ΓΕを引く*2。
(ΑΒ // ΕΓ)
すると、ΑΒがΕΓに平行で、そこにΑΓが交わっていることから、錯角ΒΑΓとΑΓΕは互いに等しい*3。またΒΓも交わっているので、平行線の外角ΕΓΔは内対角ΑΒΓに等しい*4。ゆえに、角ΑΓΔ全体は、二つの内対角ΒΑΓ、ΑΒΓの和に等しい。
さらに、双方に角ΑΓΒを加えると、ΑΓΒとΑΓΔの和は、三角形の三つの内角ΑΓΒ、ΒΑΓ、ΑΒΓの和に等しい*5。そして、ΑΓΒとΑΓΔの和は、二直角に等しい*6。ゆえに、ΑΓΒ、ΒΑΓ、ΑΒΓの和も、二直角に等しい*7。
よって、すべての三角形において、一辺が延長されるとき、外角は二つの内対角の和に等しく、三角形の三つの内角の和は二直角に等しい。これが証明すべきことであった。
我々が手に入れた武器というのは、命題29「平行線の錯角は等しい」である。三角形の内角の和が二直角であることを証明するには、この定理が必要なのだ。
そして命題29の証明には第五公準(平行線公準)が使われていた。従って三角形の内角の和が二直角であることを示すには、第五公準が必要だということだ。
例によって、今回の命題32は、平行線公準と同値であることが知られている。上の証明では平行線公準を間接的に使って命題32を証明しているが、逆に命題32から平行線公準を証明できるのだ。やってみよう。
二直線ΑΒ、ΓΔに一直線ΕΖが交わり、同側内角ΒΕΖとΕΖΔの和が二直角より小さくなったとする。このとき、二直線ΑΒ、ΓΔは、Β、Δの側で交わることを証明しよう。
補助線として、角ΓΖΕと等しい角ΘΕΖを作ろう(命題31。これは平行線公準を使わない)。
双方にΕΖΔを加えると、ΓΖΕとΕΖΔの和は、ΘΕΖとΕΖΔの和に等しい。ところで、前者(ΓΖΕとΕΖΔの和)は二直角に等しいので、後者も二直角に等しい。ここで、ΒΕΖとΕΖΔの和は二直角より小さかったので、この和はΘΕΖとΕΖΔの和より小さい。双方からΕΖΔを引くと、ΒΕΖはΘΕΖより小さい(公理4)。したがって、公理8「全体は部分より大きい」より、角ΒΕΖは角ΘΕΖの部分である。
ここまでが準備だ。さて、命題3を使って、ΖΕに等しい線分ΖΚを、ΖΔから切り取ろう。そしてΕΚを結ぶ(公準1)。
(ΖΕ=ΖΚ)
すると、三角形ΖΕΚはΖΕ=ΖΚの二等辺三角形なので、二角ΖΕΚ、ΕΚΖは互いに等しい(命題5)。しかも今回の命題32から、これらの和は外角ΓΖΕに、すなわちΘΕΖに等しい。従って二角ΖΕΚ、ΕΚΖの和はΘΕΖに等しく、二角ΖΕΚ、ΕΚΖは互いに等しいので、線分ΕΚは角ΘΕΖの二等分線だとわかる。
言い方を変えると、角ΚΕΘは角ΘΕΖの半分で、しかも角ΕΚΖに等しい。
さて、ここにさらに、ΚΕ=ΚΛとなる点ΛをΚΔ上に取ろう。
(ΚΕ=ΚΛ)
すると同様の議論で、ΕΛは角ΘΕΚの二等分線であることがわかる。つまり、角ΘΕΛは角ΘΕΚの半分なのだ。
この操作を繰り返すことで、角ΘΕΖをいくらでも半分にすることができる。したがって、いくらでも小さくできる。これは「アルキメデスの公理」と呼ばれる暗黙の了解である。
この操作により、角ΘΕΒより小さい角ΘΕΜを作ったとしよう。
すると、逆に角ΖΕΜは角ΖΕΒより大きいので、公理8「全体は部分より大きい」から、角ΖΕΒは角ΖΕΜの部分である。すなわち、半直線ΕΒは角ΖΕΜの内部にあり、しかも直線ΕΜはΖΔに交わるので、ΕΒを延長すればいずれΖΔと交わる。よって、ΕΒはΓΔとΒ、Δの側で交わる。これが証明すべきことであった。
思いのほか複雑な証明である。もちろん私が考えたわけではない。北秀和「ユークリッド『原論』をどう読むか」および小平邦彦『幾何への誘い』をもとに書いた。
証明の中で使ったのは、「三角形の外角は、二つの内対角の和に等しい」の部分である。「三角形の内角の和は二直角」の部分は使っていない。
しかし、「内角の和は~」から「外角は~」を示すことは容易にできるので、「三角形の内角の和は二直角」と平行線公準が同値であることも示せる。
内角の和と平行線なんて一見なんの関係もなさそうなのに、不思議と同値なのである。Wikipediaの平行線公準のページを見ると、他にも一見同値とは思えない命題が同値であることが書かれている。
同値であるから、平行線公準の代わりにこちらを第五公準としてもよい。だが「三角形の内角の和は二直角に等しい」を直感的に明らかだと主張するのは、無理があるだろう。
この定理は常識なので、なんとなく当たり前のことのように感じてしまうが、冷静に考えると全く自明ではない。どんな歪な三角形でも、内角の和は常に一定なのだ。不思議ではないだろうか?