ΣΤΟΙΧΕΙΑ -ストイケイア-

ユークリッドの『原論』を少しずつ読んでいくブログです。タイトルは『原論』の原題「ΣΤΟΙΧΕΙΑ」より。

第3巻命題14 等しい弦の中心からの距離

円において等しい弦は中心から等距離にあり、中心から等距離にある弦はまた互いに等しい。

 

「中心から等距離にある弦」とは、円の中心から下ろした垂線が等しい弦のことである。この垂線が大きい弦は、「大きい距離にある」と呼ばれる。 

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いま気づいたが、定義には「中心から等距離にある弦」と「大きい距離」はあったが、「中心からの距離」はない。「弦の中心からの距離とは、中心から下ろした垂線である」とでも言えば定義できそうなものだが、まあ、なくても問題なかったのだろう。

 

さて今回の命題は、逆も同時に証明するタイプである。必然的にちょっと長くなる。頑張って証明しよう。

まずは前半の証明である。円ΑΒΓΔがあり、ΑΒ、ΓΔをそれにおける等しい弦とする(これらの弦は中心を通らないものとする)。このとき、二弦ΑΒ、ΓΔは中心から等距離にあることを証明しよう。

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円ΑΒΓΔの中心Εをとり*1、Εから二弦ΑΒ、ΓΔへ垂線ΕΖ、ΕΗを下ろす*2。そして、ΑΕ、ΓΕを結ぼう*3

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すると弦ΑΒは中心を通らないので、それと直角に交わる線分ΕΖは弦ΑΒを二等分する*4。したがって線分ΑΖは線分ΖΒに等しい、ゆえに線分ΑΒは線分ΑΖの二倍である。同様にΓΔもΓΗの二倍である。しかも弦ΑΒは弦ΓΔに等しいので、線分ΑΖも線分ΓΗに等しい*5

また円なので、線分ΑΕは線分ΓΕに等しい*6

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ここで、二つの三角形ΑΖΕ、ΓΗΕに注目する。我々は二辺ΕΖΕΗが等しいことを示したい。

ΑΕは辺ΕΓに等しいので、ΑΕ上の正方形もΕΓ上の正方形に等しい。

そしてΖにおける角は直角なので、二辺ΑΖΖΕ上の正方形の和は辺ΑΕ上の正方形に等しい*7。Ηにおける角も直角であるから、二辺ΓΗΗΕ上の正方形の和は辺ΓΕ上の正方形に等しい*8

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ΑΕΓΕに等しいので、ΑΕ上の正方形もΓΕ上の正方形に等しい。ゆえにΑΖΖΕ上の正方形の和も、ΓΗΗΕ上の正方形の和に等しい*9。そしてΑΖΓΗに等しいので、ΑΖ上の正方形もΓΗ上の正方形に等しい。ゆえに残りのΕΖ上の正方形もΕΗ上の正方形に等しい*10。したがってΕΖΕΗに等しい。よって、二弦ΑΒΓΔは中心から等距離にある*11

 

続けて逆の「等距離にある弦は等しい」を示そう。作図は同じものを使い、ΕΖΕΗに等しければ、ΑΒΓΔに等しいことを示す。

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先程と同様に、ΑΒΑΖの、ΓΔΓΗの二倍であることが示される。また、ΑΕ上の正方形はΓΕ上の正方形に等しい。

そしてこれまた同様に、ΕΖΖΑ上の正方形の和はΑΕ上の正方形に等しく、ΕΗΗΓ上の正方形の和はΕΓ上の正方形に等しい*12ので、ΕΖΖΑ上の正方形の和は、ΕΗΗΓ上の正方形の和に等しい*13

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いまは辺ΕΖが辺ΕΗに等しいので、ΕΖ上の正方形もΕΗ上の正方形に等しい。よって残りのΑΖ上の正方形もΓΗ上の正方形に等しい*14。従ってΑΖΓΗに等しい。そしてΑΒΑΖの二倍であり、ΓΔΓΗの二倍である。ゆえにΑΒΓΔに等しい*15

よって円において等しい弦は中心から等距離にあり、中心から等距離にある弦はまた互いに等しい。これが証明すべきことであった。

 

 

まさかのピタゴラスの定理の登場である。こんなところで出てくるとは思わなかった。

なんだかわかりにくい証明であったが、それは数式を使っていないためだろう。前半を数式で書けば以下の通りである。

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ピタゴラスの定理より
 ΑΖ2 + ΖΕ2 = ΕΑ2 ―①
 ΓΗ2 + ΗΕ2 = ΕΓ2 ―②

ここで ΕΑ = ΕΓ なので、①と②より
 ΑΖ2 + ΖΕ2 = ΓΗ2 + ΗΕ2 ―③

さらに ΑΒ = ΓΔ より ΑΖ = ΓΗ なので、③より
 ΖΕ2 = ΗΕ2

よって
 ΖΕ = ΗΕ
Q.E.D.

文章で書くとわかりにくいが、数式で書けば大変わかりやすくなる。数式は、数学史における偉大な発明のひとつである。

 


 

今回の証明で、二弦ΑΒ、ΓΔは中心を通らないものとした。

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『原論』では中心を通らないという断り書きはないのだが、証明の文中に「中心を通る線分ΕΖは中心を通らない弦ΑΒと直角に交わり~」とあるので、弦ΑΒは中心を通らないものとされている。

そもそも中心を通る場合、「中心からの距離」はゼロになってしまうが、ユークリッドの時代にはまだゼロがない。したがって、中心を通る場合は考えることができないのだろう。

あるいは、弦は中心を通らないことが暗黙の了解になっていたのかもしれない。そういえば、第1巻に直径や半円の定義はあったが、弦の定義はなかった。第3巻でも、「中心から等距離にある弦」の定義はあるが、弦そのものの定義はない。

あまりに一般的な用語なので、定義し忘れたのかもしれない。『原論』ではたまにあることだ。

 

 

*1:命題3-1「与えられた円の中心を見出すこと」

*2:命題1-12「与えられた無限直線にその上にない与えられた点から垂線を下ろすこと」

*3:公準1「任意の点から任意の点へ直線をひくこと」

*4:命題3-3「もし円において、中心を通る線分が中心を通らない弦を二等分するならば、それをまた直角に切る。そしてもし直角に切るならば、それをまた二等分する」

*5:公理6「同じものの半分は互いに等しい」

*6:定義1-15「円とは一つの線に囲まれた平面図形で、その図形の内部にある一点からそれへ引かれたすべての線分が互いに等しいものである」

*7:命題1-47「直角三角形において、直角の対辺の上の正方形は直角を挟む二辺の上の正方形の和に等しい」

*8:命題1-47「直角三角形において、直角の対辺の上の正方形は直角を挟む二辺の上の正方形の和に等しい」

*9:公理1「同じものに等しいものはまた互いに等しい」

*10:公理3「等しいものから等しいものが引かれれば、残りは等しい」

*11:定義3-4「円において弦は、中心からそれらに下ろす垂線が等しいとき、中心から等距離にあると言われる」

*12:命題1-47「直角三角形において、直角の対辺の上の正方形は直角を挟む二辺の上の正方形の和に等しい」

*13:公理1「同じものに等しいものはまた互いに等しい」

*14:公理3「等しいものから等しいものが引かれれば、残りは等しい」

*15:公理5「同じものの二倍は互いに等しい」