もし円の直径上に円の中心でない一点が取られ、その点から円周に線分が引かれるならば、中心がその上にあるものが最も大きく、この直径の残りが最も小さく、他の線分のうち中心を通る線分に近いものが遠いものよりも常に大きく、そしてその点から円周へただ二つの等しい線分が最も小さい線分の両側に引かれるであろう。
命題の文章は長いが、意味するところは容易にわかるであろう。
図のように、円ΑΒΓΔがあり、ΑΔを直径、点Ζを直径上の中心でない点とする。このとき、Ζから円周に引いた線分ΖΑ、ΖΒ、ΖΓ、ΖΗ、ΖΔを考える。
このとき、最も大きいのは中心がその上にあるΖΑであり、最も小さいのは直径の残りΖΔである。そして残りの線分は、ΖΑに近いほど大きく、遠いほど小さい。さらに、ΖΔの両側に、同じ長さの線分が引かれる。
……と、この命題は主張している。まあ、直感的にそうだろうな、と思える主張であろう。
では証明しよう。改めて状況を設定する。
まず、円ΑΒΓΔがあり、その中心をΕ、直径上の中心でない点をΖとする。そして、点Ζから円ΑΒΓΔに、線分ΖΒ、ΖΓ、ΖΗが引かれたとする。
ここでさらに、ΕΒ、ΕΓ、ΕΗを結ぼう*1。
これで作図は一旦終了である。
証明は段階的に行う。まず、ΖΑがΖΒより大きいことを示す。それを利用して、ΖΑから遠いものほど、小さくなることを示す。そして次に、ΖΔが最も小さいことを示す。最後に、ΖΗに等しい線分が、ΖΔを挟んだ反対側にひとつだけ引かれうることを示す。
さて、まずは三角形ΒΕΖに注目しよう。
すると、三角形の二辺の和は他の一辺より大きいので、二辺ΕΒ、ΕΖの和は、ΖΒより大きい*2。しかも、点Εは円の中心なので、ΕΒはΕΑに等しい*3。ゆえに、ΕΒ、ΕΖの和は、ΕΑ、ΕΖの和に、すなわちΖΑに等しい。よって、ΖΑはΖΒより大きい。
いま、ΖΑはΖΒより大きいことを示したが、これを利用して、ΖΑから遠ければ遠いほど小さくなることを示そう。今度は二つの三角形ΒΕΖとΓΕΖに注目する。
この二つの三角形は、辺ΒΕが辺ΓΕに等しく*4、辺ΕΖが共通である。そして、角ΒΕΖは角ΓΕΖより大きい*5。第1巻命題24より、二つの三角形において、二辺が等しく、それに挟まれた角の一方が他方より大きいならば、底辺も大きい。ゆえに、底辺ΒΖは底辺ΓΖより大きい*6。同様に、ΓΖもΗΖより大きい。
Ζから引いた線分がΖΑから遠いほど、等しい二辺(円の半径とΕΖ)に挟まれた角は小さくなる。よって、ΖΑから遠ければ遠いほど、点Ζから引いた線分は小さくなることが示せた。
次に、ΖΔが最も小さいことを示そう。ΖΑから最も遠いため……と書きたいところだが、この論理はΖΔが三角形の一辺でなければ使えない。別の論理が必要だ。
三角形ΗΖΕに注目すると、二辺ΗΖ、ΖΕの和は、ΗΕより大きい。そしてΗΕは円の半径なので、ΕΔに等しい*7。ゆえに、ΗΖ、ΖΕの和は、ΕΔより大きい。双方からΖΕを引くと、残りのΗΖも、残りのΖΔより大きい。よって、Ζから引かれた線分のうち、ΖΔが最も小さい。
以上で、Ζから引かれた線分のうち、ΖΑが最大、ΖΔが最小であり、ΖΒはΖΓよりも、ΖΓはΖΗよりも大きいことが示せた。
最後に、点Ζからは、ただ二つの等しい線分がΖΔの両側に引けることを示そう。
線分ΕΖ上に、角ΖΕΗに等しい角ΖΕΘを描こう*8。そして、ΖΘを結ぶ*9。
このとき、線分ΖΘは線分ΖΗに等しいことを示す。二つの三角形ΗΕΖとΘΕΖに注目すると、辺ΗΕは辺ΘΕに等しく*10、辺ΕΖは共通であり、これらに挟まれた角ΗΕΖも角ΘΕΖに等しい。よって、二辺とその間の角がそれぞれ等しいので、二つの三角形ΗΕΖとΘΕΖは合同である*11。ゆえに、残りの一辺ΖΘは、辺ΖΗに等しい。
次に、ΖΘ以外のいかなる線分も、ΖΗに等しくならないことを、背理法で示す。仮にΖΗに等しい線分を引けるとし、それをΖΚとしよう。
(ΖΗ=ΖΚ)
すると、ΖΚはΖΗに等しく、ΖΘもΖΗに等しいので、ΖΚはΖΘに等しい*12。すなわち、中心を通る線分(ΖΑ)に近いものが遠いものに等しくなる。しかしこれは不可能であることは、先に示した。ゆえに、ΖΗに等しい線分は、ΖΘ以外に引かれない。
よって、もし円の直径上に円の中心でない一点がとられ、その点から円周に線分が引かれるならば、中心がその上にあるものが最も大きく、この直径の残りが最も小さく、他の線分のうち中心を通る線分に近いものが遠いものよりも常に大きく、そしてその点から円周にただ二つの等しい線分が最も小さい線分の両側に引かれるであろう。これが証明すべきことであった。
大変長い証明である。比較的長い証明の多かった第2巻のどれよりも長いのではないだろうか。ちなみに、次回の命題8はもっと長い。
この証明の中盤では、三線分ΖΒ、ΖΓ、ΖΗの大小関係について考察している。しかし現代的に見れば、ΖΒとΖΓの二線分について考察すれば十分なはずだ。Β、Γの取り方が任意だからである。
わざわざ点Ηを導入したのは、当時はまだ、一般的な証明について正確に理解されていなかったからかもしれない(これは私の根拠のない想像である)。『原論』では、時折、一般的に証明すべきところを、特別ないくつかの例だけを示して証明としている場合がある。第2巻命題1などがその典型例だ。
このような証明方法を、「準一般的」と呼ぶ。もしかしたらユークリッドは、今回の証明も準一般的に行ったつもりだったのかもしれない(もう一度書くが、ここの説明は私の根拠のない想像だ)。
証明のあらすじを振り返っておこう。
まず、線分ΖΑが線分ΖΒよりも大きいことを示した。これは、ΖΑがΖΕ、ΕΒの和に等しく、この和がΖΒよりも大きいことから言えた。
次に、ΖΒがΖΓより、ΖΓがΖΗより大きいことを示した。これは、二つの三角形ΖΕΒ、ΖΕΓにおいて、底辺ΖΒが底辺ΖΓより大きいことから言えた。
そして、ΖΔがΖΗより小さいことを示した。これは、ΕΔが、ΕΖ、ΖΗの和より小さいことから言えた。
最後に、ΖΗに等しい線分がΖΘのみであることを示した。これは二段階で行った。
まず、二つの三角形ΕΖΗとΕΖΘが合同であることから、ΖΘがΖΗに等しいことを言った。そして、Θ以外の円周上の点とΖを結ぶと、ΖΑに近い線分と遠い線分が等しくなってしまうことから、矛盾を導いた。
以上から、直径上の点から円周上の点へ引いた線分の性質を示した。
直感的には、最初のステップは不要のようにも思える。
ΖΒがΖΓより大きいことを言えれば、点Βをどんどん点Αに近付けていくことで、その極限としてΖΑが最大であることを言えるはずだ(同様に、ΖΔが最小であることも言える)。
だがこれは、極限(あるいは無限)に慣れた現代人ならではの視点なのだろう。当時の数学者たちにとって、極限や無限といったものは、厳密に扱えるものではなかった。
また『原論』では、図形の運動がほとんど出てこない。点Βを点Αに近付けていくといった操作を、ユークリッドは避けていたのかもしれない。
ところで、この命題7と、命題8、9の三つは、後世の追記であるとも考えられているらしい。だとすると、上記の私の考察はほとんど間違っていることになる。
追記である根拠などについては、命題9の記事で書こうと思う。
*2:命題1-20「すべての三角形において、どの二辺をとってもその和は残りの一辺より大きい」
*3:定義1-15「円とは一つの線に囲まれた平面図形で、その図形の内部にある一点からそれへ引かれたすべての線分が互いに等しいものである」
*4:定義1-15「円とは一つの線に囲まれた平面図形で、その図形の内部にある一点からそれへ引かれたすべての線分が互いに等しいものである」
*5:公理8「全体は部分より大きい」
*6:命題1-24「もし二つの三角形において、二辺が二辺にそれぞれ等しく、等しい線分によって挟まれる角の一方が他方より大きいならば、底辺も底辺より大きいであろう」
*7:定義1-15「円とは一つの線に囲まれた平面図形で、その図形の内部にある一点からそれへ引かれたすべての線分が互いに等しいものである」
*8:命題1-23「与えられた直線上にその上の点において与えられた直線角に等しい直線角を作ること」
*10:定義1-15「円とは一つの線に囲まれた平面図形で、その図形の内部にある一点からそれへ引かれたすべての線分が互いに等しいものである」
*11:命題1-4「もし二つの三角形が二辺が二辺にそれぞれ等しく、その等しい二辺に挟まれる角が等しいならば、底辺は底辺に等しく、三角形は三角形に等しく、残りの二角は残りの二角に、すなわち等しい辺が対する角はそれぞれ等しいであろう」
*12:公理1「同じものに等しいものはまた互いに等しい」