ΣΤΟΙΧΕΙΑ -ストイケイア-

ユークリッドの『原論』を少しずつ読んでいくブログです。タイトルは『原論』の原題「ΣΤΟΙΧΕΙΑ」より。

第2巻命題3 全体と二分された一方との矩形

もし線分が任意に二分されるならば、全体と一つの部分とに囲まれた矩形は、二つの部分に囲まれた矩形と先に言われた部分の上の正方形との和に等しい。

 

前回は、線分を二分したとき、「全体と各部分との矩形」を考えた。今回は、「全体と一部分との矩形」を考える。
stoixeia.hatenablog.com

 

図のように線分ΑΒがあり、それをその上の任意の点Γで二分する。

f:id:kigurox:20180311183255p:plain

このとき、全体ΑΒと、ひとつの部分ΒΓに囲まれる矩形を考える。

f:id:kigurox:20180311183739p:plain

するとこれは、二つの部分ΑΓ、ΓΒに囲まれた矩形と、先に言われた部分ΒΓの上の正方形の和に等しい、と主張している。

f:id:kigurox:20180311184323p:plain

例によって、直感的には当たり前の話である。そして例によって、これを証明するためには、まずこの図を描かねばならない。

 

まず、ΓΒ上に正方形ΓΔΕΒを描く*1

f:id:kigurox:20180311185338p:plain(ΒΓ=ΒΕ)

そして、点Αを通りΓΔ(またはΒΕ)に平行な直線を引き*2、ΕΔの延長との交点をΖとする*3

f:id:kigurox:20180311185736p:plain(ΑΖ // ΓΔ // ΒΕ)

すると、矩形ΑΕは、矩形ΑΔと矩形ΓΕの和に等しい。

ここで、矩形ΑΕは、二線分ΑΒ、ΒΓに囲まれた矩形である。なぜなら、二線分ΑΒ、ΒΕに囲まれており、ΒΕはΒΓに等しいからである*4

また、矩形ΑΔは、二線分ΑΓ、ΓΒに囲まれた矩形である。なぜなら、二線分ΑΓ、ΓΔに囲まれており、ΓΔはΓΒに等しいからである*5

そして矩形ΓΕは、線分ΒΓ上の正方形である。

ゆえに二線分ΑΒ、ΒΓに囲まれた矩形は、二線分ΑΓ、ΓΒに囲まれた矩形と、ΒΓ上の正方形の和に等しい。

よってもし線分が任意に二分されるならば、全体と一つの部分とに囲まれた矩形は、二つの部分に囲まれた矩形と先に言われた部分の上の正方形との和に等しい。これが証明すべきことであった。

 

前回、前々回と、証明の仕方は全く同じである。作図によりΑΕが二つの矩形の和だと示し、それぞれの矩形が、元の線分の当該部分に囲まれた矩形だと示した。

 

今回の命題は、前回の命題にそっくりである。図を並べてみよう。左が命題2、右が命題3である。

f:id:kigurox:20180311192230p:plain

この図をよく見ると、命題3は、命題2において、分割点が線分の外側にある場合に相当するとわかる。わかりやすいように点の名称を変更し、正方形を塗りつぶそう。

f:id:kigurox:20180311193814p:plain

線分ΑΒがあり、その上または延長上に点Γがある。このとき、二つの矩形ΓΔ、ΓΕと、正方形ΑΕができる。これら三つの関係を述べたのが命題2と3である。

上図をもとに、各命題を数式で表してみよう。すると次のようになる。

 命題2 ΓΕ+ΓΔ=ΑΕ
 命題3 ΓΕ=ΓΔ+ΑΕ

式を変形すると、それぞれ次のようになる。

 命題2 ΑΕ=ΓΕ+ΓΔ
 命題3 ΑΕ=ΓΕ-ΓΔ

なんと、数式で書くと、符号が違うだけなのだ。さらにΓが線分ΑΒの右側にあるときは、

 命題3’ ΑΕ=-ΓΕ+ΓΔ

と書くことができる(命題3は、図ではΓがΑΒの左側にあるが、命題の文章そのものは、ΓがΑΒの左右どちらにあっても成立する)。

さらに、ここでΑΒをs、ΑΓをa、ΒΓをbとすれば、それぞれの命題は

 命題2 s=a+b ならば s^2=as+bs
 命題3 s=b-a ならば s^2=bs-as
 命題3’ s=a-b ならば s^2=as-bs

とも表現できる。つまりこれらは、単に分配法則を表したものと見なすことができるのだ。

ついでなので、これらの式をさらにまとめてしまおう。

有向線分というものを考える。これは読んで字のごとく、向きのある線分だ。有向線分ΑΒと有向線分ΒΑは、同じ線分だが、向きが逆だとする。そして、同じ向きの線分に囲まれた矩形を正、逆向きの線分に囲まれた矩形を負とする。すると命題2と3は、ともに次のように表される。

  ΑΒ上の正方形 = 矩形ΑΓ、ΑΒ + 矩形ΒΓ、ΒΑ

しかもこれは、ΓがΑΒの右側にあっても成立する。

代数学のなんと便利なことか。代数と負の数を使えば、二つの命題は一つで済むのだ。

しかしユークリッドはそうしていない。これは、ユークリッドの時代には、代数も負の数もなかったからだ。

だがそれ以上に、ユークリッドが、第2巻を幾何学の命題集として書いていたことが理由だろう。幾何学の命題なので、図形は図形のまま、図形から切り離すことなく、考察していたのだ。

もしユークリッドが、これらの命題を分配法則を図形的に表したものだと意識していたのなら、命題3は、線分ΑΒの延長上に点Γを取っただろう。しかしそうしていないのだから、分配法則だという意識は低かったか、全くなかったに違いない。ユークリッドにとっては、命題2も3も、線分を切ったらどうなるかを考察したものだったのだろう。

 

 

*1:命題1-46「与えられた線分上に正方形を描くこと」

*2:命題1-31「与えられた点を通り、与えられた直線に平行線を引くこと」

*3:公準2「有限直線を連続して一直線に延長すること」

*4:命題1-22「四辺形のうち、正方形とは等辺でかつ角が直角のもの、矩形とは角が直角で等辺でないもの、菱形とは等辺で角が直角でないもの、長斜方形とは対辺と対角が等しいが等辺でなく角が直角でないものである。これら以外の四辺形はトラペジオンと呼ばれるとせよ」

*5:定義1-22「四辺形のうち、正方形とは等辺でかつ角が直角のもの、矩形とは角が直角で等辺でないもの、菱形とは等辺で角が直角でないもの、長斜方形とは対辺と対角が等しいが等辺でなく角が直角でないものである。これら以外の四辺形はトラペジオンと呼ばれるとせよ」