もし三角形において、一辺の上の正方形が三角形の残りの二辺の上の正方形の和に等しければ、三角形の残りの二辺によって挟まれる角は直角である。
ついに第1巻最後の命題である。ただし最後の命題は、意外にもあっさりと終わる。さらっと証明してしまおう。
三角形ΑΒΓがあり、一辺ΒΓ上の正方形が、残りの二辺の上の正方形の和に等しいとする。このとき、角ΒΑΓが直角であることを示そう。
まず補助線を引く。点Αから線分ΑΓに垂直にΑΔを引き*1、ΑΔをΑΒに等しくし*2、ΔΓを結ぶ*3。
(ΑΓ⊥ΑΔ、ΑΒ=ΑΔ)
すると、ΑΔはΑΒに等しいので、その上の正方形も等しい。双方にΑΓ上の正方形を加えると、ΑΔ、ΑΓの上の正方形の和は、ΑΒ、ΑΓの上の正方形の和に等しい*4。
ところが角ΔΑΓは直角なので、ピタゴラスの定理より、ΑΔ、ΑΓの上の正方形の和はΔΓの上の正方形に等しい*5。また命題の仮定より、ΑΒ、ΑΓの上の正方形の和は、ΒΓの上の正方形に等しい。ゆえに、ΔΓの上の正方形は、ΒΓの上の正方形に等しい*6。したがって、辺ΔΓは辺ΒΓに等しい。
ここで二つの三角形ΑΔΓとΑΒΓに注目すると、辺ΑΔは辺ΑΒに等しく、辺ΑΓは共通で、底辺ΔΓは底辺ΒΓに等しい。ゆえに底辺に対する角ΔΑΓは角ΒΑΓに等しい*7。そして角ΔΑΓは直角であるから、角ΒΑΓも直角である*8。
よって、もし三角形において、一辺の上の正方形が三角形の残りの二辺の上の正方形の和に等しければ、三角形の残りの二辺によって挟まれる角は直角である。これが証明すべきことであった。
三角形ΑΒΓと辺ΑΓを共有する直角三角形を描くと、両者が合同になるので、角ΒΑΓも直角である、という証明だ。まず直角三角形を描き、そこにピタゴラスの定理を使うところがポイントである。
今回の証明には、「一辺が等しい正方形は等しい」「等しい正方形の一辺は等しい」という定理が、証明抜きで使われている。もちろんこれは、簡単に証明できる。
まず一辺が等しい場合だが、正方形の定義が「等辺でかつ角が直角のもの(定義22)」だったので、一辺が等しければ、すべての辺と角も互いに等しい(すべての直角は互いに等しい(公準4)ので、すべての角が直角ならすべての角は互いに等しい)。互いに等しいものは互いに重なり合う(公理7)ので、すべての辺と角が重なることになる。よって正方形全体も重なり合うので、二つの正方形は互いに等しい。
反対に正方形が等しい場合。このとき、仮に両者の一辺が不等だとすると、どちらかが大きい。ゆえに二つの正方形は、下図のように重なり合わない。だが二つの正方形は等しいので、大きいものが小さいものに等しくなってしまう(公理8)。これは不可能なので、両者の一辺は等しい。
第1巻最後の命題が「逆」で終わるのは少し拍子抜けしてしまうが、ユークリッドはこれまでもずっと、定理とその逆はセットで証明してきた。これは非常に重要な態度だろう。「ΑならばΒ」が正しくても、「ΒならばΑ」が正しいとは限らないことが、しっかりと理解されていたのだ。
ちなみに、論理学の祖として有名なアリストテレスは、ユークリッドと同時期の人物である。にもかかわらず、ユークリッドは(現代人ですら時として間違える)「逆は必ずしも真ならず」を把握していたようだ。
ただし、ユークリッドの正確な生没年は知られていないので、どの程度二人の活躍時期が被っていたかはわからない。ユークリッドの著作がアリストテレスの影響を受けていること(ボイヤー『数学の歴史』)、そして現存するアリストテレスの著作にユークリッドへの言及がないことから、ユークリッドはアリストテレスより後の時代の人物だとも考えられているようだ(参考文献[3])。
以上が、ユークリッド『原論』第1巻の内容である。次の記事で第1巻全体のおさらいをして、その次から第2巻へ入っていこう。