オペレヴィ・ヴィクセ

ユークリッドの『原論』を少しずつ読んでいくブログです。タイトルは「Q.E.D.」の元になったギリシャ語の「όπερ έδει δείξαι.」。

第3巻命題2 円周上の二点を結ぶ線分

もし円周上に任意の二点が取られるならば、二点を結ぶ線分は円の内部に落ちるであろう。

 

図のように、円ΑΒΓあり、その円周上の二点ΑとΒを結ぶ。

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このとき、線分ΑΒは、円の内部に落ちる(内部を通る)というのが、この命題の主張である。

当たり前である。

だが、一見当たり前のことでも律義に証明するのが『原論』の特徴であり、魅力のひとつだ。こんな当たり前のことをどうやって証明するのだろうか。早速見ていこう。

 

証明には背理法を用いる。ΑΒΓを円とし、円周上の任意の二点Α、Βを結ぶ*1。このとき、線分ΑΕΒが円の外部に落ちるとする。

f:id:kigurox:20180618221922p:plain(ΑΕΒは線分)

円ΑΒΓの中心を取ってΔとし*2、ΔΑ、ΔΒを結び*3、線分ΔΖΕを引く*4

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ここで、三角形ΔΑΒに注目しよう(ΑΕΒは直線である)。円の定義からΔΑはΔΒに等しいので*5、三角形ΔΑΒは二等辺三角形になる。ゆえに角ΔΑΕ角ΔΒΕに等しい*6

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次に、左側の三角形ΔΑΕに注目しよう。一辺ΑΕをΒまで延長しているので、角ΔΕΒ角ΔΑΕより大きい*7。しかも角ΔΑΕ角ΔΒΕに等しい。したがって角ΔΕΒ角ΔΒΕより大きい。

ところで、右側の三角形ΔΕΒに注目すると、大きい角には大きい辺が対するので、辺ΔΒは辺ΔΕより大きい*8。しかし辺ΔΒは線分ΔΖに等しい(ともに円の半径なので)。ゆえにΔΖはΔΕより大きいことになり、小さいものが大きいものより大きいことになってしまう。これは不可能である。ゆえに、ΑΒを結ぶ線分は円の外部に落ちない。

同様にして、円周そのものの上にも落ちないことを証明しうる(ΔΒは、ΔΕより大きく、かつ、ΔΕに等しくなる)。したがって円の内部に落ちるであろう。

よって、もし円周上に任意の二点が取られるならば、二点を結ぶ線分は円の内部に落ちるであろう。

 

 

なかなか面白い証明である。

ただし、「抜け」というほどではないが、多少言葉足らずの部分がある。この証明では、線分ΑΕΒの全体が円の外部に落ちることを否定しているが、本来は線分ΑΕΒの「一部」が円の外部に落ちることを否定しなくてはならない。

命題の主張は「二点を結ぶ線分(の全体)は円の内部に落ちる」であり、その否定は「二点を結ぶ線分の一部は円の外部または円周上に落ちる」であるからだ。

ただし、全体であろうと一部であろうと、証明のあらすじは変わらない。

 


 

今回の証明で面白いのは、第1巻命題19が使用されていることだ。第1巻命題19は、第1巻の中ではあまり有効活用されていなかった。この命題が絡む命題は六つしかなく、しかもその六つで完結しているのである。

stoixeia.hatenablog.com

しかしここにきて、突然の活躍である。彼(だか彼女だか)がいなければ、我々は円周上の二点を結ぶ線分が円の内部に落ちることを、証明できないのである*9

なお、ここまでずっと「円周上の二点を結ぶ線分」と呼んでいたが、これはもちろん弦のことである。「弦は円の内部を通る」というのが、今回の命題の主張である。

 

 

 

 

 

*1:公準1「任意の点から任意の点へ直線をひくこと」

*2:命題3-1「与えられた円の中心を見出すこと」

*3:公準1「任意の点から任意の点へ直線をひくこと」

*4:公準1「任意の点から任意の点へ直線をひくこと」

*5:定義1-15「円とは一つの線に囲まれた平面図形で、その図形の内部にある一点からそれへ引かれたすべての線分が互いに等しいものである」

*6:命題1-5「二等辺三角形の底辺の上にある角は互いに等しく、等しい辺が延長されるとき、底辺の下の角は互いに等しいであろう」

*7:命題1-16「すべての三角形において、辺のひとつが延長されるとき、外角は内対角のいずれよりも大きい」

*8:命題1-19「すべての三角形において、大きい角には大きい辺が対する」

*9:本当かな? もしかしたら、これを利用しない別証明があるかもしれない。