オペレヴィ・ヴィクセ

ユークリッドの『原論』を少しずつ読んでいくブログです。タイトルは「Q.E.D.」の元になったギリシャ語の「όπερ έδει δείξαι.」。

第2巻命題13 余弦定理[鋭角編]

鋭角三角形において、鋭角の対辺の上の正方形は、鋭角を挟む二辺の上の正方形の和より、鋭角を挟む辺の一つと、この辺へと垂線が下ろされ、この鋭角への垂線によって内部に切り取られた線分とに囲まれた矩形の二倍だけ小さい。

 

前回は鈍角三角形の各辺上の正方形について論じた。今回は、鋭角三角形について論じる。

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タイトルはわかりやすく余弦定理としたが、前回言及した通り、当時はまだ三角比の概念はなかった。詳しいことは前回の記事を参照してほしい。

 

前回同様、話は三角形から始まる。鋭角三角形ΑΒΓがあり、ひとつの鋭角Βに注目する。

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点Αから辺ΒΓに垂線ΑΔが引かれたとする*1。このとき、ΑΓ上の正方形は、ΓΒ、ΒΑ上の正方形の和より、ΓΒ、ΒΔに囲まれた矩形の二倍だけ小さいと主張している。

では証明しよう。

線分ΓΒに注目すると、これは点Δで任意に二分されている。すなわち、第2巻命題7の状況である。従って、ΓΒ、ΒΔ上の正方形の和は、ΓΒ、ΒΔに囲まれた矩形の二倍と、ΔΓ上の正方形との和に等しい*2

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双方に、ΑΔ上の正方形を加えよう。すると、ΑΔ、ΒΔ、ΒΓ上の正方形の和は、ΑΔ、ΔΓ上の正方形と、ΓΒ、ΒΔに囲まれた矩形の二倍に等しい*3

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さてここで、Δにおける角は直角であるから、ピタゴラスの定理より、
・ΑΔ、ΔΒ上の正方形の和は、ΑΒ上の正方形に等しい
・ΑΔ、ΔΓ上の正方形の和は、ΑΓ上の正方形に等しい
が、ともに成立する*4

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ゆえに、ΓΒ、ΒΑ上の正方形の和は、ΑΓ上の正方形とΓΒ、ΒΔに囲まれた矩形の二倍に等しい*5。従って、ΑΓ上の正方形のみでは、ΓΒ、ΒΓ上の正方形の和より、ΓΒ、ΒΔに囲まれた矩形の二倍だけ小さい。

よって、鋭角三角形において、鋭角の対辺の上の正方形は、鋭角を挟む二辺の上の正方形の和より、鋭角を挟む辺の一つと、この辺へと垂線が下ろされ、この鋭角への垂線によって内部に切り取られた線分とに囲まれた矩形の二倍だけ小さい。これが証明すべきことであった。

 

 

今回の証明では、第2巻命題7を利用した。

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前回の「鈍角編」では、第2巻命題4を利用した。

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この二つは、命題の内容も似ている上に、描かれている図が全く同じだ。にもかかわらず、第2巻の中で離して置かれている。

離されている以上、ユークリッドは両者を対比させるつもりがなかったと推測される。しかし、にもかかわらず、前回の命題12と今回の命題13で、対比的に利用されている。

こうなると、ますます命題4と7は並べて配置するのが適切だったように感じられる。なぜユークリッドはそうしなかったのだろうか。

この理由は、よくわかっていない。ただ、第2巻の命題群が円錐曲線論で利用されていることから、この命題12~13の対比よりも、円錐曲線論での利用場面でのつながりを重視したのではないかと考えることはできる。

……もしかしたら、後世の人が写本を作る際、順序を間違えたのかもしれない。この説に証拠は全くないので、否定も肯定もできない。

 


 

前回と今回の命題には、非常に面白い特徴がある。どちらも、命題の主張が「~より2倍だけ大きい」「~より2倍だけ小さい」という表現になっているのだ。

これまでの第2巻の命題群は、「○○の和は△△の和に等しい」と書かれていた。その流れに沿うなら、今回も「○○の正方形は△△の和に等しい」と書けばよい。ところが今回は、「○○の正方形は△△の和より□□だけ大きい/小さい」と述べている。

これはなぜだろうか。

その理由は、ユークリッドが「命題12と13は、ピタゴラスの定理の拡張」と考えていたためと推測できる。

ピタゴラスの定理は、「直角三角形において、○○の正方形は△△の和に等しい」という形の定理だ。命題12と13は、これが直角三角形でない場合について論じている。そのため、「○○の正方形は△△の和から、どのくらい変化するか」という表現になっているのだろう。

 

ところで、命題12は鈍角三角形、命題13は鋭角三角形について論じた。わざわざ鈍角と鋭角に分かれているのは、当時はまだ負の数の概念がなかったからだ。

もし負の数の概念があれば、二つの命題は一つにまとめられる。実際、我々のよく知る余弦定理は、そのようにして一本の数式にまとまっている。さらにゼロの概念もあれば、ピタゴラスの定理までまとめられる。

せっかくなので、余弦定理を『原論』風に言い直してみよう。

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(画像はクリックで拡大します)

約束事として、点Αから見て点Δが点Γと同じ側にあるときは、矩形ΑΓ、ΑΔは正の面積を持ち、反対側にあるときは矩形ΑΓ、ΑΔは負の面積を持つとしよう。すると余弦定理は、次のように言い換えられる。

三角形の一つの角の対辺上の正方形は、その角を挟む二辺の上の正方形の和より、その角を挟む辺の一つと、この辺または延長へと垂線が下ろされ、この角への垂線によって切り取られた線分とに囲まれた矩形の二倍だけ小さい。

(三角形ΑΒΓにおいて、点ΒからΑΓに垂線ΒΔを下ろしたとき、ΒΓ上の正方形は、ΑΒ、ΑΓ上の正方形より、矩形ΑΓ、ΑΔの二倍だけ小さい)

余弦定理は、数式で書くと次のようなものだった。

 α^2 = β^2 + γ^2 - 2 βγ cosΑ

右辺の βγ cosΑ がポイントで、これが矩形ΑΓ、ΑΔを表すのだ。そして、Αが鋭角のときは(つまり、点Δが点Γと同じ側にあるときは)これが正になり、Αが鈍角のときは(つまり点Δが点Γと反対側にあるときは)これが負になる。さらにΑが直角のときは、これがゼロになり、ピタゴラスの定理に帰着する。

負の数やゼロの、そして数式の、なんと便利なことだろうか。三つの複雑な命題が、一本のシンプルな表現にまとまってしまうのである。この簡明さが数学の発展に寄与してきたことは、想像に難くない。

 

 

*1:命題1-12「与えられた無限直線にその上にない与えられた点から垂線を下ろすこと」

*2:命題7「もし線分が任意に二分されるならば、全体の上の正方形と一つの部分の上の正方形との和は、全体の線分とこの部分とに囲まれた矩形の二倍と残りの部分の上の正方形との和に等しい」

*3:公理2「等しいものに等しいものが加えられれば、全体は等しい」

*4:命題1-47「直角三角形において、直角の対辺の上の正方形は直角を挟む二辺の上の正方形の和に等しい」

*5:公理1「同じものに等しいものはまた互いに等しい」