オペレヴィ・ヴィクセ

ユークリッドの『原論』を少しずつ読んでいくブログです。タイトルは「Q.E.D.」の元になったギリシャ語の「όπερ έδει δείξαι.」。

第1巻まとめ

より僅かなことで成されることを、多くのことで成すのは無益である。

――アリストテレス

 

ようやく第1巻を通読できた。既にブログ開設から4か月ほど経っている。第1巻は48個の命題があり、『原論』全体には465個の命題があるので、この調子だと終わるのにあと36か月はかかる計算になる。長い道のりだ。

この記事では、第1巻を改めて概観したいと思う。一つ一つの命題ではなく、全体を眺めることで見えてくることもあるだろう。
(なお今まで書いた記事でも、あとの命題を読んで気付いたことは追記している)

 

まず、第1巻の命題は、大きく「作図題」と「定理」に分けることができる。作図題はその名の通り、特定の図形を作図する方法を示すもの、定理はそれ以外のものだ。そして作図題の目的は、作図そのものではなく、そのあとに続く定理の証明に利用するためにあると考えられる(ただし例外も存在する)。

例えば最初の三つの作図「正三角形の作図」「線分の移動」「線分の切り取り」は、あとに続く命題「三角形の合同条件(二辺夾角相等)」「二等辺三角形の底辺は等しい」「三角形の合同条件(三辺相等)」において、「線分を移動させることができるし、ある線分と同じ長さの線分を切り取ることもできる」ということを保証するための作図題だったと考えられる。

一方で、登場したにも関わらず、あとに使われない作図も存在する。命題12「直線外の点を通る垂線」と命題45「直線図形に等しい平行四辺形の作図」だ。

命題45はともかく、命題12があとに使われないのは意外である。もしかしたら私が見落としているのかもしれない。特にこの命題、のちのち他の記事中で(証明には使っていないが)何度か言及していたので、使われていないことに今の今まで気付いていなかった。

当ブログの参考文献[1]496頁では、第1巻の命題を以下のように分類している。

命題1-26 角と三角形に関すること

命題27-32 平行線に関すること

命題33-48 平行四辺形の性質に基づく諸命題 

また参考文献[3]178頁では、さらに細かく次のように分類している。

命題1-8 予備命題

命題9-12 基本作図

命題13-15 一直線の角と対頂角

命題16-26 三角形の辺と角の比較

命題27-32 平行線の性質、三角形の内角の和

命題33-41 平行四辺形

命題42-45 領域付置とその応用

命題46-48 ピタゴラスの定理

参考文献[3]で基本作図と呼ばれているものは、「角の二等分」「線分の二等分」「直線上の点を通る垂線」「直線外の点を通る垂線」の四つである。この四つの証明には、命題6を除く命題1-8のいずれかが使われている。

 

命題を証明したら、次の命題がその逆になっていることが多いのも、特徴の一つだろう(これは『原論』全体を通して言えることだ)。しかも、命題の逆はその後の命題で使われない場合もある。例えば上述の基本作図に命題6が使われないのは、これが命題5の逆だからだ。

このことが示唆するのは、ユークリッドが『原論』を何の目的で書いていたにせよ、「命題を必要最小限に切り詰める論理的経済性だけに基づいて『原論』を組み立てているのではない」ことだ(参考文献[3]196頁)。

 


 

これまでのすべての記事に「タグ」が付いていることには、気付いていると思う。こうしておくと、どのタグが何回使われたかが、自動で集計される。つまり、どの命題が何回登場したかがわかるのだ。それを、現時点で1枚の画像にまとめたものが下図だ。

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ここで(1)と書かれているものは、一回しか登場していない。つまり自分が登場したときだけタグが付けられているので、他の命題で使われていない。

これを見ると、公理と公準はきっちりと一回以上使われていることがわかる。一番少ないのは公理9「二直線は面積を囲まない」で、命題4「三角形の合同条件(二辺夾角相等)」で使われただけである(だが命題4は利用数ベスト2なので、公理9は間接的に大活躍している)。

実は、公理9は後世の追加だと言われている。というのも、他の8つの公理が「同じものに等しいものは互いに等しい」など哲学全体に応用可能な文言であるのに対し、公理9だけが明らかに幾何学に関するものだからだ。本来ならば、これは公準に入れられるべきである。

これが後世の追加であるならば、公理9が一回しか使われていないのも納得である。むしろ一回使っているということは、ユークリッドが公理にないものを暗黙のうちに仮定して使っていたことになる。


実はユークリッドは、公理にないものを暗黙に使っている場合が、かなりある。例えば、

  • 円と円、円と直線は交点をふたつ持つ(命題1、命題12などで使用)
  • 二量の関係は、等しいか、どちらかが大きいか、どちらかが小さいかの、いずれかひとつだけである(命題6、14、26、39などで使用)

などだ。また、公理から証明できるが、証明抜きに使用している事柄もある。例えば、

  • 平行線の一方に交わる直線は、他方にも交わる(命題30などで使用)
  • 大きいものより大きいものは、第一のものより大きい(命題18などで使用)

などだ。後者について、以前の記事では「公理にないのに暗黙の了解として使っている」と言及していたが、後で調べたところ、公理から証明できるようだ。公理8「全体は部分より大きい」を繰り返し使えばいいらしい(参考文献[2])。

 

公理と公準はしっかり使っているが、定義はほとんど使われていない。使われているのは、以下の5つだけだ。

  1. 定義10 直角の定義
  2. 定義15 円の定義
  3. 定義16 円の中心の定義
  4. 定義22 正方形の定義
  5. 定義23 平行線の定義

これらはそれぞれ、その定義が絡む命題で使われている。円が絡む命題では定義15、16が、平行線の性質を示す命題では定義23が、それぞれ用いられている。

これは、現代の数学でもよくあることだ。むしろ、現代の数学の方が、よほど定義を使った証明を見かける。現代の数学では、ある事柄の定義は、その事柄の性質を証明するのに必ずと言って良いほど利用されるからだ。

ところで、ユークリッドの定義は、必ずしも証明に利用できるものではない。例えば定義1「点とは部分を持たないものである」は、どう頑張っても証明に使えそうにない。定義に対する考え方が、現代とは違ったことが示唆される。

 

公理の話ばかりしてしまったが、定理にも注目しよう。先程の画像をもう一度載せる。

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他の命題に登場しない命題は、全部で11個。

  1. 命題6「二角の等しい三角形は二等辺三角形
  2. 命題12「直線外の点を通る垂線」
  3. 命題17「三角形の二角の和」
  4. 命題21「三角形の内部の三角形」
  5. 命題25「二つの三角形の不等な辺」
  6. 命題28「同位角が等しければ平行」(同側内角の和が二直角なら平行)
  7. 命題32「三角形の内角の和は二直角」(三角形の外角は内対角の和に等しい)
  8. 命題39「同底上の等しい三角形」
  9. 命題40「等底上の等しい三角形」
  10. 命題45「直線図形に等しい平行四辺形の作図(領域付置)」
  11. 命題48「ピタゴラスの定理の逆」

命題45、48が他の命題に使われないのは当然であろう。また命題40は後世の追加と考えられている(参考文献[3])。これらを除いても、使われていない命題は8個。全体の6分の1だ。意外と多い。

ただし、これらも第1巻で使われていないだけで、あとの巻では使われているようだ。いずれにせよ、第1巻の目的は領域付置やピタゴラスの定理だったのかもしれないが、その目的に不要な命題も取り扱っている。平面図形に関する基本的で雑多な定理を扱うことも目的だったと考えるべきだろう。

逆に、利用数トップ3の命題は、

  1. 命題3「線分の切り取り」(12回)
  2. 命題4「三角形の合同条件(二辺夾角相等)」(11回)
  3. 命題31「平行線の作図」(9回)

である。特に平行線の作図は、全48命題中31番目に登場したにも関わらず、9回も使われている。ちょっと使われ過ぎである。ちなみに命題34「平行四辺形の対辺、対角、対角線」も8回使われている。使用頻度で言えばこちらの方が高い(使用頻度=利用回数÷残りの命題数)。

 


 

前々回の記事で、参考文献[3]の次の文章を紹介した。

第I巻のほとんどの命題が直接間接に領域付置のために利用されているのに、ピュタゴラスの定理のために必要となる命題は意外に少ない。

私も領域付置(命題45)を読んでいるとき、これまでの命題が総動員されているなと感じたし、記事にも「集大成」と書いた。

本当だろうか。調べてみよう。それぞれに直接間接に使われた命題を図示すると、以下の通りだ。

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まず、命題45はこの通り。緑色が定理、青色が作図題、白色が公理、公準、定義である。関係する命題はすべて図示したが、繋がりは図示していない部分もある。全部繋げると見づらくなるからだ。

なんと44命題中31個も使われている。割合で言えば70%だ。さらに、公準と公理は14個全て登場している。加えて定義も4個登場しているので、実に48もの事柄が、命題45の証明に使われている。

逆に使われていない命題は13個で、そのうち9個は先述の通り他の命題に現れない命題だ。それらを除いた4個の命題は、
命題18「三角形の大きい辺は大きい角に対する」
命題19「三角形の大きい角は大きい辺に対する」
命題20「三角形の二辺の和」
命題24「二つの三角形の不等な角」
である。

一方、ピタゴラスの定理は以下の通りだ。

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こちらも、公準と公理はすべて使われている。使われている命題は、46命題中25個だ。割合で言えば54%になる。多いことは多いが、領域付置よりは少ない。使われていない21個の命題のうち、10個は他の命題に登場しない。実質11個の命題が使われていないことになる。

もちろん、これだけで領域付置が第1巻のメインだったとは言えない(言いたいところではあるが)。ただ、まあ、「どっちも力入ってるなぁ」くらいは言えるかもしれない。

注目したいのは、双方に使われていない、命題18、19、20、21、24、25である。
面白いことに、命題18は命題19の証明に使われ、命題19は命題20、24の証明に使われている。そして命題20は命題21に、命題24は命題25に使われ、命題21と25は他の命題に登場しない。この6つだけで完結しているのだ。

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もしユークリッドの目的が、領域付置やピタゴラスの定理だけだったならば、これらの命題は証明する必要がなかった。必要最小限の命題だけでなく、関連する有名な命題も証明しようと努めたのだと考えられる。

 


 

「第1巻まとめ」と冠したが、あまりまとめられなかった。これ以上書いても収拾が付かなくなりそうなので、ここらで止めておこう。

言いたかったのは、第1巻はピタゴラスの定理を目的として書かれたわけではなく、平面図形の雑多な性質をまとめるために書かれたと考えるべきではないか、ということだ。そして、中でもとりわけ重要なのが、領域付置だったのだ。

とはいえ、これだけ壮大な本を書こうと思ったら、「雑多な性質をまとめよう」という目標では道に迷うのが目に見えている。何かしら目標を持って、それを目指して執筆しつつ、ときどき横道に逸れる……という書き方をするのが自然だろう。ユークリッドもそうして書いたのではないだろうか。領域付置を目標としつつ、ときどき命題12や18などの横道に逸れたのだ。

しかし何が目的だったにせよ、48個もの性質が、たった5個の公準といくつかの公理から導けると見抜いたユークリッドは、恐ろしいほど深く真剣に数学と向き合った人に違いない。

ユークリッドが「少ない公準から定理を導く」というスタイルを取った理由は、よくわかっていない。ひとつ確かなのは、このスタイルがユークリッドの独創ではなく、ユークリッド以前からあるスタイルだったことだ。ユークリッドは、当時よく使われていたスタイルを用いて、よく知られていた定理を整理し、初学者向けに疑問の余地なく提供したのだ。ユークリッドは優れた数学者ではなく、優れた教育者だったというのが現在の有力な見方である。最後にボイヤー『数学の歴史』149頁を引用して、この記事を終えよう。

ユークリッドに帰せられている発見というものはないが、かれの解説能力のすばらしさは有名であった。このことが、かれのもっとも偉大な著作『原論』を成功させた秘訣となっている。この『原論』は率直にいえば教科書だったが、決して最初の教科書というわけでもなかった。そのような原論は、キオスのヒポクラテスのものも含めて、それ以前に少なくとも三つあった。しかし、それらをうらづける具体的な形跡は見あたらず、また、それらに匹敵する古代からの著作の形跡もない。ユークリッドの『原論』は類書をはるかにひき離していたため、単独で残りえたのである。