オペレヴィ・ヴィクセ

ユークリッドの『原論』を少しずつ読んでいくブログです。タイトルは「Q.E.D.」の元になったギリシャ語の「όπερ έδει δείξαι.」。

第1巻命題4 三角形の合同条件(二辺夾角相等)

もし二つの三角形が二辺が二辺にそれぞれ等しく、その等しい二辺に挟まれる角が等しいならば、底辺は底辺に等しく、三角形は三角形に等しく、残りの二角は残りの二角に、すなわち等しい辺が対する角はそれぞれ等しいであろう。

 

『原論』において「二つの図形が等しい」という言葉には、二つの意味がある。ひとつは「形が同じ」という意味、もうひとつは「面積が同じ」という意味だ。

前者の意味の「等しい」は、既に公理で登場した。公理7「互いに重なり合うものは互いに等しい」だ。

後者の意味の「等しい」は、第1巻の後ろの方で登場する。そのときまた詳しく触れよう。

さて、今回の命題に登場する「三角形は三角形に等しく」という言葉は、「形が同じ」という意味で使われている。

だとすると、現代の我々の感覚では、
「もし~ならば、二つの三角形は等しい」
と言えば済むような気がするのだが、『原論』ではどういうわけか冒頭のような書き方をしている。その理由については、証明を見ながら考えていこう。

 

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二つの三角形ΑΒΓとΔΕΖがあり、二辺ΑΒとΑΓが、ΔΕとΔΖにそれぞれ等しく、角ΒΑΓが角ΕΔΖに等しいとする。

ここで、二つの三角形を重ねる。点Αが点Δの上に、線分ΑΒが線分ΔΕの上に重なるように置こう。

すると、ΑΒとΔΕは等しく、「互いに重なり合うものは互いに等しい」ので、点Βと点Εも重なる。

……論理に詳しい人なら、ここの論理がおかしいことに気付くだろう。「互いに重なり合うものは互いに等しい」からといって、「互いに等しいものが互いに重なり合う」とは限らない。

実は公理7は、
・互いに重なり合う⇒互いに等しい
という意味だけでなく、
・互いに等しいとは、互いに重なり合うことである
という「等しい」の定義を与える文言とも解釈できる。というか、そうしないとここの論理は繋がらない。

公理7をこのように解釈して、次へ進もう。

いま、ΑΒとΔΕを重ねたわけだが、角ΒΑΓと角ΕΔΖも等しいので、やはり公理7から、線分ΑΓもΔΖに重なる。さらに、ΑΓとΔΖも等しいので、またしても公理7から、点Γと点Ζも重なる。

ここまでで、点Βと点Ε、点Γと点Ζがそれぞれ重なることが示された。従って、底辺ΒΓとΕΖも重なる。なぜなら、もしこれらが重ならなかったら、二線分が面積を囲むことになるが、これはあり得ない*1。よって底辺ΒΓとΕΖは重なるので、両者は等しい(ここも公理7だ)。

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以上から、三つの辺がそれぞれすべて重なることが示されたので、三角形ΑΒΓ全体も、三角形ΔΕΖ全体に重なるであろう。すなわち、二つの三角形は等しい。

またすべての辺が重なっているのだから、残りの角も残りの角と重なるであろう。すなわち、角ΑΒΓは角ΔΕΖに、角ΑΓΒは角ΔΖΕに重なり、等しくなるであろう。

よってもし二つの三角形が二辺が二辺にそれぞれ等しくその等しい二辺に挟まれる角が等しいならば、底辺は底辺に等しく、三角形は三角形に等しく、残りの二角は残りの二角に、すなわち等しい辺が対する角はそれぞれ等しいであろう。これが証明すべきことであった。

 

長くなったが、まとめると以下のような証明である。

  1. 二つの三角形において、二辺とその間の角が等しいとき、
  2. 等しい角を作る頂点が重なるように二つの三角形を重ね、さらに等しい一辺を重ねると、
  3. 残り二つの頂点はどう足掻いても重なり、
  4. 底辺の両端の点が重なるので底辺も重なり、
  5. 三辺が重なるので三角形も重なり、
  6. 三辺が重なるので残り二つの角も重なる。

この証明を見ると、どうも「辺や角が等しいこと」と「図形が等しいこと」を区別して考えているように見える。だから冒頭のような書き方になったのではないか。

あるいはもっと単純に、「三角形が等しいとは、三辺がすべて重なることだ」という定義を示したかったのかもしれない。

このあたりのことを少し調べはしたのだが、あまりよくわからなかった。もっとちゃんと調べれば、何か詳しい文献が出てくるかもしれない。

 

ところで以前の記事では、「三角形」とは書かず「三辺形」と書いていた。

stoixeia.hatenablog.com

これは私の書き間違いではなく、このブログの参考文献がこのような書き方をしていたためだ。

ではなぜ参考文献ではこう書かれていたのかと言うと、参考文献が訳出したハイベルク版『原論』*2に付されているギリシャ原文で、それぞれ別の単語が使われているからだ。
「定義」の項では  \tau \rho \iota \pi \lambda \varepsilon \upsilon \rho o \nu と書かれ、今回の命題では  \tau \rho \iota \gamma \omega \nu o \nu と書かれているらしい。この微妙に違う二つの単語を訳し分けた結果、このようになったようだ。

ではなぜ『原論』で二つの単語が出てきているのかというと、これは『原論』が「当時出ていた複数の数学書を編纂したものだから」と考えられているようだ。

よく知られているように、『原論』の内容はユークリッドが考えたものではなく、当時すでに知られていた事柄を再編集してまとめたものだ。

その際、参考にした文献の文章をそのまま書き写したため、このような単語の差異が生じているのではないか、と考えられているようである。

ユークリッドの書いた『原論』の原典は既に失われているし、ユークリッドが参照したであろう数学書も残っていない。現代に伝わっているのは写本だけなので、もしかしたら原典では同じ単語だったのに、書き写す際に間違われたのかもしれない。

誰がいつ書き写してどこをどう間違えたか(あるいは意図的に書き換えたか)という疑問は大変興味深いもので、それを熱心に調べている研究者の方々も古今東西に存在する。

 

*1:命題9「二線分は面積を囲まない」

*2:1883-1916年に出版されたもので、現代で最も優れた『原論』の全英訳とされている。参考文献は、この本に付されたギリシャ原文を訳出したもの。ちなみにこれはネットで読める。
http://farside.ph.utexas.edu/Books/Euclid/Elements.pdf