オペレヴィ・ヴィクセ

ユークリッドの『原論』を少しずつ読んでいくブログです。タイトルは「Q.E.D.」の元になったギリシャ語の「όπερ έδει δείξαι.」。

第1巻命題1 正三角形の作図

与えられた有限な直線(線分)の上に等辺三角形を作ること。

 

三本目の記事にして、ようやく本編スタートである。第三話で物語が大きく転換するアニメのようだが、このブログで魔法少女が死ぬことはたぶんない。

ユークリッドの『原論』は、一定の書式に従って書かれている。
まず命題が一般的な形で書かれ、次に同じことが文字を用いてより具体的に書かれる(これを「特述」と呼ぶ)。そして作図題の場合は作図の方法が示され、最後に証明が書かれる。作図題でない場合はいきなり証明が書かれる。

第1巻命題1、記念すべき最初の命題は作図題である。特述は次の通りだ。

与えられた線分をΑΒとせよ。このとき線分ΑΒ上に等辺三角形を作らねばならぬ。 

このブログでは、アルファベットはローマ字ではなくギリシャ文字を採用する。上記の「ΑΒ」は「エービー」ではなく「アルファベータ」である。作るべき等辺三角形は、ΑΒΓで表される。*1

この作図は現代の私達にとって至極簡単なものであるし、おそらく当時の人達にとっても簡単なものだっただろう。さらっと作図方法と証明を書いて終わりにしても良いのだが、『原論』独特の言い回しを紹介したいので、ねっとりと書いていこう。

まずは、作図の方法を説明しよう。下の図と合わせて読んで頂きたい。 

中心Α、半径ΑΒをもって円ΒΓΔが描かれ、また中心Β、半径ΒΑをもって円ΑΓΕが描かれ、そしてこれらの円が互いに交わる点Γから、点Α、Βに線分ΓΑ、ΓΒが結ばれたとせよ。

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中途半端なところで文章が終わっているが、これはこの後の証明が「そうすれば~」から始まるためである。

そんなことより、面白い表現がある。「円ΒΓΔ」である。「円Β」ではないのだ。

『原論』では円を表現するために、円周上の何点かを指定する。円がいくつも重なっているときなどは、こっちの方が分かりやすい気もする。

もうひとつ、注目すべきことがある。この作図に登場する手法は、すべて公準に立脚していることだ。

・中心Α、半径ΑΒをもって円ΒΓΔが描かれ、
 →公準3「任意の点と半径をもって円を描くこと」

・また中心Β、半径ΒΑをもって円ΑΓΕが描かれ、
 →公準3「任意の点と半径をもって円を描くこと」

・これらの円が互いに交わる点Γから、点Α、Βに線分ΓΑ、ΓΒが結ばれた
 →公準1「任意の点から任意の点へ直線を引くこと」

『原論』ではこのように、すべての命題が「定義、公準、公理、そしてこれまでに証明された命題」のみから作図され、論理的に証明される。なので前から順番に読んでいけば、すべての事柄を納得することができる。これが『原論』の優れた点である。
(ただし、いずれ触れることになると思うが、一部に例外が存在する。ユークリッドですら「完璧な論理的思考力の持ち主」ではなかったようだ)

 次に証明である。現代の我々がすぐ思いつく方法と、同じ方法で証明されている。ただし公準と公理を使うために、多少説明が回りくどくなっている。図を再掲するので、参照しながら読んで頂きたい。

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そうすれば点Αは円ΓΔΒの中心であるから、ΑΓはΑΒに等しい。 また点Βは円ΓΑΕの中心であるから、ΒΓはΒΑに等しい。そしてΓΑがΑΒに等しいことも先に証明された。それゆえΓΑ、ΓΒの双方はΑΒに等しい。ところで同じものに等しいものは互いにも等しい。ゆえにΓΑもΓΒに等しい。したがって三線分ΓΑ、ΑΒ、ΒΓは互いに等しい。
よって三角形ΑΒΓは等辺である。しかも与えられた線分ΑΒ上に作られている。これが作図すべきものであった。

 物凄く丁寧な証明である。特に回りくどいのは、ΑΓ=ΑΒを示し、ΒΓ=ΒΑを示したあとで、もう一回「ΓΑがΑΒに等しいことも先に証明した」と主張する点である。言われなくともわかっております、と言いたくなる。*2

また私なら、「ΑΓ=ΑΒ、ΒΓ=ΒΑ」を示したら続けざまに「ゆえにΑΓ=ΑΒ=ΒΓ」と書きたくなるが、この証明ではわざわざ一度「ゆえにΓΑ=ΓΒ」と一言置いている。あまりにも丁寧である。これは『原論』の証明が、「定義、公準、公理、これまでに証明した命題」のみを使って書くという原則に従っているためだ。

この証明で使われている事柄を確認しよう。

・点Αは円ΓΔΒの中心であるから、ΑΓはΑΒに等しい。
 →定義15「円とは…内部にある一点からそれへ引かれたすべての線分が互いに等しいものである」
  定義16「この点は円の中心と呼ばれる」

・点Βは円ΓΑΕの中心であるから、ΒΓはΒΑに等しい。
 →定義15「円とは…内部にある一点からそれへ引かれたすべての線分が互いに等しいものである」
   定義16「この点は円の中心と呼ばれる」

・同じものに等しいものは互いにも等しい。ゆえにΓΑもΓΒに等しい。
 →公理1「同じものに等しいものはまた互いに等しい」

「これまでに登場した事柄のみを使う」という原則から、『原論』の証明はしばしば神経質なくらい丁寧になる。しかしそれこそが『原論』の魅力であり、『原論』を二千年以上もの大ロングセラーにした理由である。既に正しいとされたことのみを使って論理を展開するため、示された命題は確かに正しいと、納得することができるのだ。

ところで、「公理は方程式の性質を説明したものである」と紹介されることがある。だがこの証明を読めば、決してそうではないことが分かるだろう。ユークリッドは(おそらく当時の哲学者達も)公理をもっと広く適用できるものと見なしていたし、実際そうしていた。今後も、公理は至るところで何度も登場する。

*1:書いてから気付いたが、この書き方はいちいち「『アルファ』と打ち込んで変換」「『ベータ』と打ち込んで変換」としないといけないので、とても面倒くさい。素直にローマ字を使うべきだった。

*2:文字の順番がΑΓになったりΓΑになったりしているが、これは『原論』でそうなっているためである。